第二章7話:遭遇 - Anxiety -



 二機のマギアメイルで砂漠をひたすら歩き、どれくらい経っただろうか。辺りはすっかり薄暗くなり、空には明るい月が写し出されている。

 二機のマギアメイルの砂漠横断が開始されてから数時間ほど、一行は既に砂漠に足を踏み入れていた。


 周辺はひたすらに砂丘が続く代わり映えのない殺風景だ。マップを見ると、未だ王都のほうに近いものの、かなりの距離を進んできたことが分かる。

 しかしマップ機能は非常に便利だ。

 このどこまで行っても変化のない風景ではどれほどの距離を歩いてきたのか、機体に表示されているマップがなければとてもじゃないが分からなかっただろう。



「はー、だいぶ日も落ちたことだしここで一旦休息取ろうか」


 デリバリーマンの足を止め、リアが提案する。

 確かにそろそろ日も落ちる、休息を取るなら早いうちがいいだろう。


「うん」


 フィアーが了承すると、デリバリーマンの操縦席にいるテミスがキラキラとした表情で通信の画面に写し出される。


「私、城の外で泊まるなんて初めてです!」


 そうして三人は簡易キャンプの設営を始めた。キャンプといっても非常に簡素なもので、中央に焚き火、マギアメイルから少し離れた地点にテントを張っただけのものだ。


「それじゃ、テミスは私と一緒に食糧を取ってくるからフィアーは火を起こしといて!


 そういうとリアは懐から一つ、物を取り出す。


「はい、これエンジさんが工教会の人と作ったっていう便利アイテム!」


 それは魔力が込められた長方形の物体だ。

 上部右端にスイッチのような物があり、そこを押すと燃焼術式が起動する仕掛けらしい。


「……ライター的な物かな?ありがとう」


 その形状と機能はフィアーの脳内に浮かんだ「ライター」に近い。オイルの代わりに魔力を使うライター、という認識で相違はないだろう。


「……ライターってなんです?あっ、城下の流行りものか何かでしょうか!」


「……うん、多分そんな感じ」


 テミスは目の前に出された見たことのない魔道具に興味津々なようで、フィアーの手元のライターをあらゆる角度から見つめていた。

 しかし、あれほどまで自分で機体を作ることに固執していたエンジが工教会と協力とは。


 魔龍戦役の被害と復興、そしてその後の「騎士」の大改修作業は、王都工場区域の人々の人間関係を大きく変えたと見える。


「それじゃ、食べ物取ってくるね」


 そう言い残し、二人の少女はコンテナのほうで走っていく。その背中を眺めながら、ふとフィアーはあるものを取り出した。


 それは本だ。あの日、あの図書館の夢を見た日に家に置かれていた本。


 紫の装丁に金の装飾が施された、異質な本。この本の外装を見るたびに、自分が何者なのか、そしてあの夢に出てきた彼女が何者なのかと疑問が涌き出てくる。


 ―――せっかく珍しく一人きりになったのだし、いい機会だ。


「読んで、みるか」


 フィアーは意を決し、本を捲る。


「これは…………?」


 その1頁目を見たその瞬間、フィアーの瞳は困惑の色に染まった。

 なんだ、これは。


「――――水晶界クリスタリア、探索計画?」


 ――――その文言を見た瞬間、身体が不快な浮遊感に包まれる。


 だめだ、これは今、この場所で読んではいけないものだ。


 そんな警鐘が頭の中で鳴り響く。


 今、ここでこれを読んでしまったら取り返しのつかないことになってしまうという確信がある。

 読むとしてもせめて落ち着いてから、テミスをフリュムに送り届けてからでも遅くはないはずだ。今、砂漠の只中に居るこの状況で読むべきでは絶対にない。


 フィアーはそっと、本をしまう。

 いつか来るだろう読まれるべき時を待ちつつ、本は懐に収まって行く。


「……フリュムの北の遺跡についたら、読もう」


 そんな決心と共に、フィアーはようやく本来の仕事である、焚き火の設営を始めた。






 ◇◇◇





「どれにしよっかなー……テミス、何食べたい?」


 デリバリーマンの下ろしたコンテナの中を、二人の金髪の少女が漁っている。

 その仲睦まじく微笑ましい姿は、端から見れば姉妹のように見えるだろう


「うーん……そうですね、強いて言うならお城ではあまり食べられないものが食べたいかもしれません」


 それは謙虚な要求だ。

 普段様々な高価な料理を出されてきたテミスにとっては、一般の人々が食べている普通の物を食べることこそが最大の贅沢なのだろう。


「王城ではまず出されない料理か……」


 真っ先に浮かんだのは、町で食べた串揚げだった。しかしそんなものを砂漠の只中で食べられるはずもない。

 ただでさえ貴重な油を、夜の砂漠で大量に使うなどおよそ正気の沙汰ではないし、そもそも生肉など持ってきては居ない。


「とりあえずは、なんかの缶詰かなぁ……」


 そう言いながら、缶詰を積めこんである箱を開く。中には魚の煮付け、焼き鳥のタレ漬け、肉を燻した薫製など様々な種類の缶詰が詰められていた。


 なるほど、もしかしたらこの辺りのものは城などではそうそう出ることもないかもしれない。


「缶詰!」


 そして缶詰という言葉に前のめりで食い付いたのはテミスだ。その表情はまたも輝いている。


「聞いたことがあります!様々な味や具材が楽しめるオードブルのようなものだと!」


「うーん?間違っては……いないかな?」


 オードブルというとかなり大仰だが、缶詰パーティーなどという言葉も聞いたことがある。あながち間違いではないかもしれない。


「それじゃ、とりあえず今夜はこれね」


 そう言うとリアはいくつかの缶詰を袋に移し、コンテナから出た。

 外では既にフィアーが火を付けたようで、焚き木は紅い炎に包まれ、辺りは仄かに明るく照らされていた。


 その周りに置かれた木箱に三人は座り、各々気になった缶詰を選び、開ける。


「よし、じゃあ食べよっか!」


「「「いただきます!」」」


 ―――様々な味の缶詰を食したテミスの感動と満面の笑みについては、今更語るまでもない。


 食事を終えた三人は眠りに付き、徐々に夜は更けていった。


 ―――その平穏がずっと続くだろうという夢物語を見ながら。






 ◇◇◇






 目が覚めた時、最初に聞こえたものは遠くから聞こえる爆音の残響だった。


 三人は不意に、その音と震動で目を覚ました。

 それは戦闘の音だ。複数のマギアメイルが入り乱れ、戦っている音。


「何、今の……?」


 リアは寝起きで事態を認識しきれていないのか、辺りをキョロキョロと見渡していた。


「まさか、暗殺者の追手……!」


 テミスの顔が驚愕と恐怖に染まる中、フィアーは冷静に「騎士ナイト」に備わった感知術式を起動させて事態を見定める。


「いや……あれは……」


 そこに写し出されていたのは、数十機のマギアメイルが乱戦を繰り広げる姿。


 ―――そしてその戦乱の中心で、老緑色のマギアメイルと巨大な錨を持った紅いマギアメイルが真っ向から打ち合う姿だった。

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