第二章6話:暗雲 - Unrest -




 ----ワルキア皇暦410年




   17:54 :デリング大砂漠





 それは、リア達が西方の砂漠へと出発していった日の夕方のことだ。

 公務の為の王女の移動、その大掛かりな偽装の為に、ブランは自身の公務室にて仕事に取り掛かっていた。


すべては、フェルミ達の目を欺くためだ。


 明日には巨大な航船を利用し、砂漠を最短ルートで渡ってフリュムへと向かう予定だ。そうすれば、ベストなタイミングで運送屋たちよりも先回りでき、万全の状態でアルテミアを迎えることが出来るだろう。


そんな時、端末からアラームが鳴り響く。


「―――緊急招集だと?」


その音は緊急招集の合図だ。魔龍戦役の際にもこの音に呼び出され、件の作戦会議が開かれた。

 手元の端末に表示された招集命令に、ブランは困惑していた。

 まさか、もう姫の極秘裏の輸送がバレてしまったというのか。


「……いや、まさかな」


 それはない、と考えを改める。

 アルテミアは大型の航船の自室にいることになっているのだ。誰かが部屋を強引に開けるようなことがなければ不在が判明することなどあり得ぬし、黒武騎士団の精鋭たちに護衛のふりもさせている。

 なにより一等騎士以下全ての騎士の緊急招集は戦闘が発生する事態、もしくは国の防衛に関わる事態でのみ行われる。戦争に発展するような危難、もしくは魔龍戦役ほどの災害レベルの事案が発生でもしなければ、そうそう行われるはずはないのだ。


 ならば今回は一体。

 そんなことを考えながら招集理由の詳細を確認する。


「―――な」


 そこには驚くべきことが書かれていた。


 ―――まずい、非常にまずい。

その一件が連鎖的に引き起こす事態が脳裏に容易に浮かび上がり、焦りで汗が止まらない。

もし、万が一にでも遭遇してしまえば。


「ワルキア領東方に、グリーズのマギアメイル部隊……!?」


―――それは、敵の出現。それも運送屋とテミスが向かった方角に敵が展開していることを報せる警報だった。






 ◇◇◇





 ----ワルキア皇暦410年




   19:21 :デリング大砂漠




 そこはワルキア皇国の南方から西方、北方まで広がるデリング大砂漠、そのグリーズ公国側にほど近い場所だ。

 そこでは30機ほどのマギアメイルを擁する一団が、野営のテントの設営を行っていた。

 そんな一団の中、一機のマギアメイルの操縦席で一人の老け顔の青年が呟く。


「砂漠ってのは風景が代わり映えしないからつまらねぇな」


 彼の名はシュベア・グラナーテ。グリーズ公国の傭兵だ。

フリーランスの彼は、グリーズ公国に雇われて部隊長を引き受けている。

最初は外様の彼に反発していた部隊員だったが、それも過去の話。彼の技量を目の当たりして心を改め、今では皆すっかり従順な舎弟だ。


「そろそろ、ワルキア領内か」


 丘の向こうからは追加で10機ほど、新たなマギアメイルが野営する一団に合流しようとしていた。

 そのうちの一機から通信が入る。


『頭ァ、「蛮族バンデッド」第三部隊全機、到着しやした』


「一旦ここで野営する、ワルキアを襲う前に英気を養っておけと伝えろ」


『はっ!』


 命令を出してすぐ、ため息をつく。

 まったく面倒だ、いくら作戦とはいえわざわざ西側から迂回しなければならないとは。


 どうせ向こうは先の魔物との戦闘で満身創痍なのだから、真正面から全戦力で叩き潰せば簡単な物を。


「しかし、相手が弱った途端に約束を反故とは、うちの国も腐ってるわねぇ」


 操縦席でシュベアが不満を募らせていると、そこに一人の女性が顔を突っ込んでくる。


「エメラダか……」


 エメラダ・ゲヴェーア。

 露出度の高い煽情的な服を身にまとう、つり目の女性だ。

 シュベアと同じくグリーズ公国に雇われた傭兵であり、この部隊のNo.2だ。


「やっぱグリーズほどあたしらに合ってる国はないわぁ。なにせ常に戦争が出来るんだもの、最高よぉ」


 その性格は一言でいえば最悪。

 人を殺すことや戦闘という行為そのものに悦びを見出す生粋のサディスト。


そんな彼女の高揚した様を嗜めるように、シュベアはあしらう。


「お前もさっさとその茹で上がった脳味噌を休めて、明日に備えるんだな」


「はーい。ま、でも一番戦争を楽しみにしてるのはあなたでしょうけど?シュベア」


 エメラダはそう言い捨て、不承不承な態度を全開にしながら自身の寝床へと戻っていく。

 取り残されたシュベアも操縦席から降り、自身の機体の足元に降りる。


「そんなこと……」


 脳裏に残るエメラダの言葉に、誰へともなく呟く。


「―――当たり前だろ。略奪、強襲、破壊。考えるだけで血が沸き立つ」


 自身の機体によりかかりながら、誰宛でもない言葉を続ける。

 その声色には仄かに怒り、もしくは憎しみが込められている。それはエメラダと話している時には一切伺えなかった、シュベアの感情的な一面だった。


「この機体でワルキアを滅ぼすのが楽しみだよ、俺は」


 そう言い放つと、シュベアは自身の機体、『蛮騎士ヤークトナイト』の外装をコンコンと叩きながら、煙草を1本口にした。


 徐々に夜が更けていく中、シュベアは改めて自身の目的を再確認する。





 ―――全ては、あの愚かな国への復讐が為に。




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