第二章5話:出立 - regret the Beginning -
「さて、それじゃあ出発しますか!」
ブランが去った後の室内で、リアが立ち上がる。それに続くように残りの二人も立ち上がり、部屋を後にした。
外はまだ明るい。日は高く登り、辺りは熱いくらいの気温だ。
「それじゃあこれからよろしくね、えーと、テミスさん?」
「はい、よろしくお願いいたします」
フードの姫君―――テミスは深々とお辞儀をする。
3人は路地を出て、先程までエンジのいたガレージまで戻ってきた。
依然そこには「
「じゃ、あたし出庫の手続きしてくるから、二人はちょっと待ってて!」
そういってリアは工場の事務所に向けて駆け出す。
格納庫の前には残された二人が無言で佇む。
「……」
「……」
―――気まずい。
お互いが何も話さないせいで沈黙が非常につらい。アルテミア―――テミスはなにか話題はないものかと頭を悩ませる。
やはり、王族であることで自分は一歩引いた目で見られてしまっているのだろうか。しかし、せっかく街まで降り、他所の国へと行こうというのだ。一人くらいは友達が作りたい。なんとか世間話くらいはできないものだろうか。
そんなことを頭の中で思案していると、唐突に声が響いた。
「……テミスさん」
「へっ!?な、なんでしょう?」
唐突なフィアーの発声に身体をびくつかせる。
「テミスさんって、リアにすごく似てるね」
「へっ?そ、そうですか?」
言われてみれば確かに似ているかもしれない、とテミスは思った。
鏡で見る自分と、確かにどこか通ずるものを感じる顔立ちな気はする。もっとも似ているのは顔立ちと髪の色だけで、肌の色は彼女の健康的な小麦色の肌と、自分の外にもほとんど出ていないが為に不健康な白い肌では対極だ。
脳内でそんな卑下を思考しながら、テミスも話を繋げようとする。
せっかくの糸口だ、ここからもっと仲良くなりたい。そんな気持ちが強く彼女の中にはあった。
「言われてみれば確かに似ているかもしれませんね……あ、そういえばフィアーさんとリアさんはどんなご関係で?」
「うーん、一応姉弟ってことなんだけれども」
フィアーは一瞬悩むような素振りをして、そう答える。
「ご姉弟なのですね、へー……え、一応?」
「うん、一応。」
一応とはどういうことなのか。テミスの脳内に困惑が瞬く間に広がっていく。
なにか、とても複雑な家庭環境にあるのだろうか。
「一応の関係ではあるけど、それでもリアのことはすごく好きだよ」
その言葉にテミスの困惑は加速する。
―――姉弟だけど好き?一応?それは一体どのような……
「ま、まさか、禁断の愛的な……」
あらぬ誤解が目の前で渦巻いているとも知らずに、フィアーはいつの間にか買ってきていた手元の串揚げを食べる。
フィアー達の関係を誤解したテミスが驚愕に身を震わせているそんな時、遠くから駆けてくるリアの足音と声が聞こえてきた。
「おまたせー!そろそろ出発ねー!」
戻ってきたリアは、テミスの反応が妙なことに気付く。
「あっ、リアさん……複雑なご事情がおありなのですね……」
「?」
リアがきょとんとしている間にも、テミスの誤解は止まらない。
「私、お二人のこと応援していますから!」
◇◇◇
「
<魔導機関始動>
< 擬似魔力供給確認 >
< 非適正者用操縦術式起動 >
その表示と共に、フィアーの視界には様々な情報が表示される。
機体の現在の状況、武装の位置、エンジン内部の貯蔵槽の残存魔力量。
「おお……」
ウォーミングアップがてらに、機体の各部を動かしてみる。
完全手動操作が必要なエンジのマギアメイルとは比べ物にならないほどに操作がしやすい。要所要所で手動の操作が必要な為、一般的な騎士にとっては使いづらい代物なのだろうがフィアーにとっては十分すぎるほどの追従性だ。
しかも背中のエンジンの貯蔵魔力が切れるまでなら、魔力のないフィアーであっても魔力弾を用いることが出来る。これはとても頼もしいものだ。
聞けばマギアメイルには基本的に実弾は通りづらいらしい。であればいざというときの為の切り札として、あって損はないだろう。
『フィアー、乗り心地はどう?』
「うん、すごくいいよ」
フィアーは素直な感想を口にする。前回のマギアメイルのローテクな感じの操縦方式も心躍るものがあったが、ある程度自動化されたこの最新鋭感溢れる操縦の感動には敵わないだろう。
しかもこの世界の人々であれば、それ以上の追従性により手足のように全身が動かせるというのだから羨ましい限りだ。
「食糧の備蓄よーし、水よーし、着替えよーし……」
その頃リアは「
特に水は重要だ、昼間の大砂漠は尋常ではない暑さになる。姫を載せるということで、「
「リアさん、何かお手伝いできることはありませんか?」
リアが色々と考えながら資材のチェックをしていると、テミスが話しかけてきた。
自分だけ何もしていないのが気がかりだったのだろう。
「えっ、いやそんな!お姫様に雑用だなんて……」
その言葉を聞くと、テミスは少しその表情を曇らせる。
「……私のこと、お姫様扱いしないで欲しいです」
「えっ?」
テミスは浮かない表情、しかし強い口調で続ける。それは姫君でもなんでもない、一人の少女の本気の訴えだった。
「私だって10代前半の子供なのです、姫だとかなんだとか、そういうことで距離を作られるとその……寂しいです」
「あっ……」
リアは察する。自分はなんて失礼なことをしてしまったのだろうか。
彼女は常に大人に囲まれて育ってきたのだ。城内でずっと過ごしてきた彼女に、年の近い友人というのはもしかしたら居ないのではないか。
そんな身の上で、ようやく城の外へ出てこれたのだ。友達の一人も欲しくなるのは当然だろう。
そんな彼女を特別扱いすることは、差別することに等しい。自分はなんて軽率で、彼女にとって酷いことをしてしまったのか。
「それで、その……わたしと……友達に……」
「……うん、テミスさ……テミス、分かった!」
「あたしと、友達になりましょ!」
その言葉に、テミスの顔がパッと明るくなる。
目に涙を浮かべながら、満面の笑みで言葉を返す。
「―――はい、リア!よろしくお願いします!」
二人の金髪の少女が暖かい友情を育む中、フィアーからの通信が入る。
『ボク、距離作ってるつもりとか一切ないんだけど……』
「いやフィアーはむしろ急に距離を詰めすぎだから!」
◇◇◇
「―――よしっ、それじゃあ行きますか!」
「ああ、行こう」
「はい!」
その3人の言葉と共に、「
「お世話様でした」
フィアーも「
「それじゃあ、西門の方に向かいましょうか」
2機のマギアメイルはゆっくりと、大通りを歩いていく。その大きさは辺りの建物と同じくらいの巨大さだが、道行く一般人たちは一切それを気にしない。
マギアメイルのような巨大ロボットが一般的に民間で用いられるこの世界において、町中をマギアメイルが歩くことなど日常風景でしかないのだろう。
やがて工業区域を抜け、居住区域へと差し掛かる。道端では工事が行われており、そこでも大仕事にはマギアメイルが用いられている。中には自身の魔力で建材を浮遊させて建築を行っている者もいた。
道端で遊ぶ子供は、自分の魔法なのか親の魔法なのか、地面から少し宙に浮いて遊んでいる。
その近くでボールで遊んでいる子供たちの回りには、フィールドのような四角形で半透明な結界が張られている。
「―――本当に、魔法や、マギアメイルありきの世界なんだな」
フィアーは改めてそんな感想を抱く。
日常生活の根幹にまで、魔法という概念が入り込んでいる。それが使えなくなるということがどれほどこの世界にとって深刻なことかなど、分かっていたつもりだったが。
「フィアー、そろそろ門の外だから、気を引き締めておいてね!一歩出たら最後、いつ魔物に襲われるかも分からないんだからね!」
リアからの忠告を胸に、一歩一歩外界への歩みを進める。
「うん、分かってる」
門の内外には4、5機のマギアメイルが配備されており、守りを固めている。
先日の魔龍戦役で手痛い損害を受けて以降、警備の人数は倍近くに増やされていた。
「上手いこと、怪しまれずにスムーズにいくわよ」
ゆっくりと、二機が門の真ん前で立ち止まる。
すると門番たちがこちらに駆け寄り、話しかけてくる。
「ワルキア国民であれば身分証の提示をお願いします!外国人の方であれば一旦騎士団詰所まで来ていただいて外出許可証を……」
「あっ、ワルキア国民です」
そういうと、リアは操縦席のパネルの上にIDカードを置く。するとその情報が読み取られ、機体の足元、門番がいる地点にポップアップが出現する。
そこに表示されているのはバーコードのような物だ。門番は手元のパッドでそれを読み取ると、内容を確認し、腕で大きく丸を作る。
それと同様のことをフィアーも行うと、また同じように門番が丸マークを作り、合図する。
「ID確認」
『よし、開門!!!』
その声と共に、大きな門が徐々に開き始める。
外の光景が徐々に見えてくると同時に、テミスの表情がどんどんと晴れ渡った物になっていった。
「これが……壁の外……」
「さ、行こう!」
三人の乗った機体達は広大な平原へと歩みを進めていく。
―――その一歩がこの先、大きな後悔と一大事を生むとも知らずに。
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