第二章4話:対面 - Reunion -



 ---ワルキア皇暦410年






   10:21 :ワルキア王都・王都:工業区域






「はぁーーーー……緊張する」


 ブランの依頼を承けてから、3日後の朝。


 両サイドの金髪を揺らしながら、リアは頭を抱えて首を振る。

 なにせ王家の人間と顔を合わせることなど、そうはない。もしも相手に何か粗相があってはいけない……と、気が気ではなかったのである。


 それに、依頼人自身の身の上にも驚いた。


 ―――ブラン・クラレティア。

 その名前を聞いたときにどこかで聞いたことのある名前だと思って調べてみたら、まさか黒武騎士団こくむきしだんの団長とは。


 しかもまさか暗殺から逃れる為に秘密裏に移動とは。民間の運送屋を使うとは、よほど切羽の詰まった状況なのだろう。


「リア、大丈夫?」


「緊張はすごいけど……請け負った以上、仕事はちゃんとやりとげてみせるんだから……!」


 そうしてリアは路地に通じる道を見つめる。その路地裏がブラン達との合流地点となっていた。


「うん、ボクもこいつで援護するから、一緒に頑張ろうね」


 そういいながら、フィアーは「運送屋デリバリーマン」の隣の格納庫に鎮座する黒いマギアメイルの装甲をポンポンと触る。

 それは依頼の前金として貰った黒い機体、「騎士ナイト」だ。黒武騎士団で使われていたマギアメイルを改装したもので、背部には新造されたユニットが搭載されている。

 その機体の色はエンジの造ったマギアメイルを思わせる黒銀で、フィアーはかなり気に入っていた。


 それをフィアーが眺めていると、工場の中から一人の大柄な男性が歩いてきた。


「よう坊主ゥ!久しぶりだなァ!」


 その声の主はエンジだ。

 身体の回復後、フィアーは何度かエンジの工場に足を運んだのだが連日不在で、フィアーと会うのは魔龍戦役まりゅうせんえき以来だった。


「おじさん?」


「あれ、ここってエンジさんの工場じゃないですよね?エンジさん、他人の力は借りずにマギアメイルを造るって……」


 二人が疑問に思ったのも当然だ。この工場はエンジの家からは少し離れている。


「あぁ、今はちょっと別件でなァ、軍からの依頼で機体の改装をやってんのさ」


 そういうとエンジは後方にあるガレージを眺める。

 立ち並ぶガレージには、同じ機体ばかりが格納されている。直立状態であったり、膝立ちの姿勢で整備されてたりとその状況は様々だが、その全てが同じマギアメイル。

 そう、フィアーが報酬として受領した機体と同タイプである、騎士団専用マギアメイル「騎士ナイト」だ。


「なにせ、王都に配備されてる機体の半分ほどを改装しろって依頼だからな、人手も足りずに工業区域の製鎧職人メイルビルダー工教会こうきょうかい聖職人せいしょくにんは総動員ってわけだ」


「そうなんだ……「運送屋デリバリーマン」、ちょうどいいタイミングで直ってきてよかった……」


 リアは「運送屋デリバリーマン」をそっと撫でる。例の砂漠での魔物騒ぎの時に修理していたお陰で今このタイミングで治ってきたのだ。

 もしこれが魔龍戦役の後であったなら、一体何ヵ月先になったことやら。


「じゃあ、エンジさんも機体の整備に駆り出されたの?」


 それを聞くとエンジは横に首を振る。


「ん…いや、ワシの場合は他の職人とはちっと役割がちげぇんだ」


「役割?」


 そう聞き返されると、エンジは得意気に鼻を鳴らす。

 どうやらよほどの大仕事を任されているようだ。


「なにせ改装されるマギアメイルには全て、ワシが開発した新装備が搭載されるのだからなァ!」


「エンジさんの発明品が!?」


「そう、あの背部に背負ったあのユニット!」


 そうして改めて見ると、確かに「騎士ナイト」の背部には以前にはなかった箱型のユニットが搭載されていた。

 更に腹部の蛇腹状の関節の内部には、新たに内部フレームのようなものが追加されているようだ。


「あれこそがワシが造り出した革新的動力機関!名付けて……」


魔動力機関マギア・エンジンじゃァ!!!!!」


 そう言いながらエンジが持ってきたのは、マギアメイルに搭載する前のユニットだ。


「こいつは、密閉式の小型魔力貯蔵庫を内部に搭載していてな、それを動力に変換して各部を稼働させる仕組みになっとる!」


 搭載前のエンジンを手で叩きながら、エンジは得意げに説明を続ける。


「外側の素材には微弱な断絶術式を織り込んでてな、例の龍の変な力もこれである程度は防げるはずじゃ!」


「……もしかして、前にボクが乗った機体にも?」


 ふと、フィアーが気になったことを聞く。

 あの機体は魔力のない自分にも動かせた。他のマギアメイルが軒並み停止してたあたり、特別な機体であることはフィアーにもすぐに予想ができた。


「ありゃあ違う、あっちは火力で動くエンジンじゃからな」


「なるほど、普通の燃料エンジンだったんですね」


 そうフィアーが言うとエンジは頷く。


「あれが他のマギアメイルが停止している間にも動いてたことで、お偉いさんの目に止まったらしくてな」


「……火力?燃料エンジンってなに?フィアー、意味分かるの?」


 ―――そうか、リアは知らないのか。

 そういってから初めて、自分がそれを知識として知っていることに驚く。エンジンなんて、正にエンジさんが自分の名前から付けたかのような名前だ。そんなものをどうして自分は。


「……つまり、機械を魔力なしで動けるようにする機械のことだよ」


 最大限分かりやすく噛み砕いて説明する。

 リアは分かったような分からないような、曖昧な表情を浮かべている。


「……やっぱお前さん詳しいな……なんなら、ワシの弟子になんねぇか?」


「……確かに、楽しそう」


「なっ!???」


 リアが驚いたようにこちらを見つめている。

 その表情からは不安が伺える。しがフィアーが他所にいってしまうんじゃないかという不安からか若干涙ぐんでいる。


 ―――正直、とても魅力的な話だ。

 マギアメイルを造るということにも興味はかなりある。


 が、今は姉の仕事を手伝うことが優先だ。


「でもごめんなさい、作り方とかはわからないし……それに今はリアの、お姉ちゃんの仕事を手伝ってるから」


 申し訳ない気持ちを持ちながらも、はっきりと断る。


「本気で残念だ……。まァ、もし気が変わったらいつでも言えよ坊主、歓迎するからよ」


「うんありがとう、お姉ちゃんと一緒にいる間は間違いなく気は変わらないけど」


 リアは涙目のまま、満面の笑みでフィアーを見つめていた。その言葉がよほど嬉しかったのだろう。


「はは、そんな姿を見ちまったら誘えねぇな」


 その時、路地裏に二人の人影が入っていくのが見えた。


「あっお姉ちゃん、今路地に入っていった二人って」


「きっと依頼人ね!行きましょ、フィアー!」


 涙を拭うと、フィアーの手を掴んで走り出す。


「じゃあね、エンジさん」


「おうよ!マギアメイルが壊れたらいつでも来いよ、魔改造してやっからなァ!」






 ◇◇◇






 路地裏に二人が入ると、昨日訪問してきた依頼人である黒武騎士団こくむきしだんの団長、ブラン・クラレティアと、フードを被った小柄な少女が立っていた。


 こちらの姿を見つけると、ブランが手を振りながらアーチェリー姉弟を招く。


「あぁ、アーチェリーさん。改めましてこの度は依頼を受けていただき、ありがとうございます」


「……」


 ブランの隣にいたローブの少女は、何も言わずにそこに佇んでいた。心なしかその所作には高貴さ、育ちのよさが伺えた。


「いえいえ……その、そこの方が今回の?」


「えぇ、貴女方に荷物として秘密裏に輸送、王都から逃がしていただきたい御仁となります」


 ブランがそういうのと同時に、フードの少女は軽く会釈をした。


「……よろしく、お願いいたします」


「よろしくね」


 姫の挨拶を聞き、フィアーが握手をしようとする。


「ちょ、ちょっとフィアー!?」


(めっちゃ偉い人相手になんて無礼を!?)


 青ざめながらフィアーを泣きそうな目で見つめる。

 万が一にも怒らせてしまったらと思うと気が気ではない。


 しかしそんなリアの不安に反し、フードの少女―――アルテミアが握手に応じる。


 そして握手を終えると、フードから覗く口元の口角が上がる。どうやら微笑んでいるようだ。


「大丈夫です。それと、わたくしに敬語は不要ですよ。なにせこの通り、なんでもない浮浪者ですので」


「―――」


「?」


 ―――フードの中の姫を見たフィアーが一瞬驚いたような顔をしたのを、リアは見逃さなかった。


「とにかくまずはそこの家屋に、詳しいお話はそこでしましょう」


 そう言うとブランは話していた地点のすぐ近くにあった扉を開く。


 扉を開けると、そこは窓すらない真っ暗な部屋だった。

 ブランは壁の蝋燭に火を灯し、部屋が仄かに明るく照らされる。


「お座りください」


 3人が座ったのを確認すると、ブランが地図を広げる。


「運送屋である貴女なら分かっているかと思いますが、一応の確認です」


 そう言うと地図の上に指を乗せ、ワルキア王都を指し示す。


「ここが現在いる王都、ここから東方を迂回しフリュムに向かっていただきたい」


「東に?南から行ったほうが時間も掛からずにすぐ着けるんじゃ?」


 リアは疑問を口にする。当然だ、彼女がいつも使っているルートは南方向に大砂漠を真っ直ぐ突っ切るルート。


「いえ、アルテミア様が公務でフリュムに向かうことは当然城内に知れ渡っています。暗殺の首謀者にも当然、そのことは知られている」


「待ち構えられている可能性が高い……か」


「その通りです、フィアーさん」


 フィアーの言葉に、ブランは同意する。


「……でも、暗殺を警戒するなら尚更、軍隊とか騎士団に守ってもらったほうがいいんじゃ?」


「いえ、それはむしろ危険が高い、……恐らくですが、暗殺の首謀者は王都の中、それも騎士団の人間である可能性が高い」


 そういうと、ブランは地図で王都の東側を指し示す。そこは広大なデリング大砂漠の端だ。


「なのでこちら側を迂回し、あえて遠回りをしてフリュムに向かっていただきたいのです」


「なるほど……その件については分かりました、フリュムに着いたらどうすれば?」


 リアが聞くと、ブランはフリュム帝都を指差しながら話す。


魔龍戦役まりゅうせんえきの際に壊滅的な被害を受け、皇帝の血筋の者が軒並み魔物に食らわれてしまった現在のフリュム帝都は、統治者が不在の状況となっております。」


「ですので、ワルキア駐屯騎士団の詰所まで行っていただければ問題ありません。私は先回りをしてそこでお待ちしております」


 ―――なるほど、彼は陽動の為にあえて大がかりな行動をとるつもりなのだろう。


 そんな予測をフィアーは立てる。大軍でフリュムまで移動して暗殺者の目を引く。それでこちらの負担を減らしてくれるのならば非常にありがたいことだ。


「それでは、お願いいたします。私はそろそろ公務に向かわないと怪しまれてしまいますので」


 そうしてブランは外に出ていく。

 そして錆びたドアノブに手をかけた所で振り返り、一言口にした。




「……くれぐれも、アルテ……いや、テミスをよろしくお願いいたします」


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