第二章2話:仕事 - Transportation work -
「ただいまー!」
不意に部屋に響いたのはリアの声だ。
ドアを開ける音と共に、玄関から歩いてくる足音が聞こえてくる。
「……あっ、あぁ、おかえり」
とっさに本を懐にしまう。
―――何故隠したのかは、自分でも分からない。
ただ何か、後ろめたい気持ちが胸の中を満たしていた。
「ねぇねぇ聞いてよフィアー!いやー、やっと「
「そっか、おめでとうリア」
嬉しそうなリアの顔を見ていると、自分も嬉しい。先程までの不可解な出来事に対する不安も、一瞬吹き飛びそうになる。
「あ、そうだフィアー、明日ちょっとお客さんが来るから部屋の片付け手伝ってもらっていい?」
「うん、いいよ……あのさ」
浮かない顔で、フィアーは不意に問いを投げる。それは彼にとって、どうしても確かめたいことだ。
「……ねぇリア、ボク図書館に行ったりってしたことあったっけ?」
「ん?図書館?」
それを聞いたリアはきょとんとした顔で返答をする。
「行ったことないんじゃない?図書館の場所なんてフィアー知ってたっけ?」
「いや……なんでもないや」
リアも知らないと言っているし、自分も覚えていない。
……きっと、悪い夢だったのだ。
図書館になんていってないし、誰にもあっていない。知識があるというのも、きっと記憶を失う前の自分のものに違いない。
そう思いながら、先程までの出来事のすべてを忘れようとする。
―――懐の本の感触を身体で感じながら。
◇◇◇
----ワルキア皇暦410年
10:50 :ワルキア王都・自宅
日付は代わり、日は高く登り始める。
朝食を食べてすぐに、アーチェリー姉弟は片付けを始めた。
テーブルやソファーなどを並べ直し、如何にも事務所然とした家具の配置にする。
床などもしっかりと拭き掃除。部屋は綺麗に整頓され、あとは来客を待つばかりといった状態だ。
「そろそろ来る時間ね」
「リア、ボクはここにいて大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ、……あ、でも一応姉弟アピールはしっかりしとかないとね、どっからバレるか分かったもんじゃないし」
「うん、分かったよリアお姉ちゃん」
「そ、そうそう、そんな感じでね……」
リアがほのかに赤面しながらドギマギしていたその時、部屋のチャイムがなる。お客さん、つまりは運送屋の依頼人がやってきた合図だ。
「あ、はーい、いま開けますー!」
そうしてリアが扉を開ける。
そこに立っていたのは、白に黒のラインの入った制服に身を包んだ大柄な男性だ。
「えっ、騎士の人!?」
リアが驚愕の声をあげる。
「あぁ、驚かせてしまいましたね……斡旋所のほうで依頼をさせて頂いた者です」
そういって、男は頭を下げる。
随分と腰の低い騎士だ。この間の青年騎士とはまた違った、礼節を弁えた落ち着き払い。眼鏡をしており、その髪色は栗色、ふんわりとしたエアリーヘアーだ。
「とりあえず、中へどうぞ!」
「お邪魔致します」
中に通された騎士は丁寧に会釈をすると、室内へと入ってきた。
そしてソファーの前に立ち、もう一度会釈をする。
「どうぞ、お座りください」
「は、では失礼します」
本当に礼節を重んじる、敬虔な騎士なのだろう。今の一連のやり取りだけで、フィアーはこの騎士にとても好感がもてた。それどころか、尊敬にすら足る人物だとすらいえるだろう。
「それで今回の依頼についてですが……」
「はっ、実は……」
その騎士は重々しく口を開く。
「ある御方を、フリュムまで送っていただきたいのです。……内密に」
その言葉にリアが疑問を抱く。
当然だ、今の口ぶりではまるで要人、かなりの大物であることが推測できる。
「ある……御方?えぇと、その人のお名前は?どんな役職についておられる方で?」
それは当然の疑問だ。仕事として請け負い、輸送する以上はある程度事情を聞いておかなければ不安で仕方がない。
「申し訳ございません、その方のお名前は、仕事を受けていただけるかが確定してからしかお教えできないのです」
「うーん、誰かも分からない大物を、極秘裏にフリュムに……」
名前すら教えてもらえなかったことに、リアは更に不信感を抱く。
事情も身の上も分からない段階で安請け合いするのは、流石にリスクが高すぎる。
「報酬は全額前金でご用意致します、僅かばかりですが……」
そういって騎士が提示金額がかかれた紙を差し出す。
それを見たリアが、これまた驚愕の大声をあげる。
「こんなに!!?オークションで売ってた時の「
「お請け、戴けないでしょうか……?」
「うーむ……しかし……」
「では今提示した前金とは別に、こちらも進呈、というのはいかがでしょうか」
そういって、騎士は再び紙を差し出す。そこに書かれていたのは一つの名前だ。
◯「
「王国騎士団のマギアメイル!?」
これはとてもやばい仕事だ、とリアは改めて認識する。
条件こそ破格だが、それと差し引いても割りに合う仕事なのか。
「マギアメイル……ッ!」
そんな疑念を抱く姉とは裏腹に、マギアメイルが貰えるという言葉に食いついた弟がいた。
「えぇ、マギアメイル、「
「そうです」
その返答に騎士は続ける。
「この「
その口ぶりはまるで商品のセールスだ。
「最初こそ乗りづらいと感じるかもしれませんが、すぐに馴染むと思いますよ。なにせ、王国の全ての騎士団で運用されている信頼と実績の機種、その改良版ですから」
機体の概要や性能に関しての話がすらすらと口から出てくる。そしてそれを聞くたびに、フィアーの体勢がどんどんと前のめりになっていく。
「お姉ちゃん!」
「嬉しそうだなぁ……」
もはやノリノリな弟を見て、リアも流石に観念する。
確かにリスクは大きそうだが、これは一大のビジネスチャンスだ。もしかしたら軍のみならず、王都との繋がりすらできるかもしれない。
それに、砂賊などへの対抗策として戦力があるに越したことはない。
それはあのフィアーと出会った日の砂漠での出来事で、痛いほど思い知ったことでもあった。
「……分かりました、このお仕事お請けします」
渋々、といった様子ではあるがリアは仕事を請け負うことを決めた。
その言葉を聞くと、騎士は立ち上がり、感謝の言葉と共に頭を深々と下げた。
「有難うございます!」
「それで……その要人というのは?」
リアがそう聞くと、騎士はおもむろに顔をあげ、神妙な顔つきで話し始める。
「……ご他言無用でお願い致します、この度貴女方にフリュムまでお連れいただきたいのは……」
「―――この国の第二皇女、アルテミア・アルクス・ワルキリア様です」
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