幕間

絶話:追憶 - urban Memory -





 ―――それは遥か遠く、絶えた記憶だ。







 ----西暦2017年




 ―――その時代、世界の技術力は大きく発展していた。

 2015年、突如として極東の一国から突如として発表、一般向けにまで発売された様々な画期的技術群。

 それはそれぞれ一つずつが世界の様々な文化や思想、その在り方を変えるほどに、革新的なものであった。


 そのうちの一つが、物体をデータに変換、コンピューター上にて管理できるようにするという技術だ。

あらゆる物体をデータに変換する技術、そしてそれと合わせて普及した光子コンピューターによって、世界の物流の在り方は大きく変革した。


 運送業デリバリーマン、という概念はおよそ消滅。弾ボール程度の大きさのものであれば、個々人間だけで発送、配達までが完結できるようになった世界にあっては、仕事としての運送業はもはや成り立たないものとなっていた。


 街からはトラックが消え、代わりに自動操縦の自動車が規則的に道路を走る。

 普及した光子コンピューターを搭載した自動車には高度なAIが搭載。自動運転、音声認識はもちろんのこと、簡単な会話や雑談まで行えるほどの性能を発揮している。


 そんな、大きく変化した世界。

 その中の1つの島国、その北方側に位置する地方都市。

 その中心部で、一人の少年が空を眺めていた。

 少年の名は、「四野宮しのみや 一矢いっし」。

 その姿は黒髪に黒い瞳、この世界、この国において極めて一般的な容姿だ。

 学校の制服を身にまとい、スマートフォンを手で遊ばせながら退屈そうに天を仰いでいた。


「……はぁ、今日もまた授業かぁ……」


 彼にとって毎日の授業は、苦痛以外のなにものでもない。

 ―――別に、学校が嫌だとか、そういうベクトルの話ではない。いじめがあるだとか、不良がクラスにいるだとか、そんな事も一切ない。

 ただ、代わり映えしない日々が退屈だった。毎日が無為に過ぎていくことに、漠然とした焦燥感があったのだ。

 なにか大きな出来事、特に自分の身の回りを一変させるような変わった出来事が起こらないものか。そんなことを日々夢想しては、虚しい気持ちになる。


「光子コンピューターも人型ロボットも、見慣れちゃうもんなんだなぁ」


 そういって駅の広場を眺める。そこでは最近発表された民間用人型ロボット、コマンドメイルが一般人向けのパフォーマンスを行っていた。

 これも、2015年に発表されたものの一つだ。大きさが12mほどの巨大な人型ロボット。

 厳密に言えばパワードスーツの部類なのだが、メディアは皆一様に人型ロボット発売!と銘をうって宣伝活動を行っており、一般人にもそのように認識されている。

 光子コンピューターを操縦系に採用し、自動操縦から内部の機器を使ったマニュアル操作も選択できるこの大型重機は、主にロボットアニメなどを見て育ってきた40〜30代の男性層に特に強くヒット。今では工事現場などでも広く運用されている。


 しかし、それもこの四野宮一矢から言わせれば既に過去の物だ。最初こそ目新しさに心を引かれたが、見慣れてしまうとどうということもない。

 後、見た目がよろしくない。人型ロボットといえば人聞きはいいが、その見た目はあくまで重機の延長上のデザインだ。スーパーロボット系、ないし細身なデザインのロボットアニメが好みな彼としては、いささか守備範囲外という感じだった。


 広場のロボットからも興味を失い、一矢は再び空を見上げる。


「ん……?」


 今、何かが見えた気がする。

 昼間なせいでいまいち見えづらいが、何か、光の線のような物が見えたような気がした。


「なんだ……隕石かなにかか?」


 もし、それがここに落下したら。

 何かが変わるだろうか?それとも、何も変わらずにこの退屈な人生が延々と続くのだろうか?


 そんなつまらないことを考え、苦笑する。隕石が人の元に落ちる可能性など、極々小さな物だ。例えあれが隕石だったとしても、大気圏内で燃え尽きるに違いない。

 そんなことが、そうそう起きてたまるか。


 ―――彼がそう考えている間にも、その輝きはどんどんと光の勢いを増し、こちらへと近づいてくる。


「ほ、ほんとに……ここらに落ちるのか……?」


 思わずうろたえる。

 確かに、何か変わったことが起きてほしいとは思った。だが実際に直面すると、話は変わってくる。


 ここは駅前、時間は正に通勤、通学ラッシュ。周りには何十、何百人もの人がいる。

 道路にはバスや車が長い列を作っており、駅には新幹線も到着している。

 そして彼の家はこのすぐ近くだ。家には専業主婦の母と、自営業の父。

 もし隕石など落ちたら、衝撃波や爆発で辺りはとんでもないことになるだろう。

 であるならば、当然に我が家にも―――


「あっ……」


 そうだ、妹も今日は休みではなかったか。確か創立記念日か何かで学校が休みであったはずだ。



 今すぐ家に。そう走り出そうとした瞬間。




 ―――後ろから、強烈な振動と衝撃波。そして鼓膜が破れそうな衝突音が襲ってきた。


 身体が吹き飛ばされ、コンクリートに打ち付けられる。

 頭から血が出ているのがわかる。額を伝った血によって、視界が紅く染まる。





 痛い。


 痛い。


 痛い。




 割れるような、というよりも実際に額が割れているのだろう。流れ出る血が止まらない。

 コンクリートに打ち付けられた身体は全身が痛み、手足を動かすこともままならない。


 頭蓋の痛みを堪えながらも、真っ赤に染まった視界で辺りを見渡す。

 あたりの建物は崩れ、見るも無惨な惨状が広がっていた。

 そんな状況が理解できないままに、一矢は瞳を閉じ、意識を喪失する。





 そして意識を失う瞬間、彼が目にしたのは。



 目の前の巨大なビルに、真っ黒な水晶が突き刺さった異様な風景。そして、






 ―――そこから涌き出る、無数の化け物たちの姿だった。










 ◇◇◇





 ----ワルキア皇暦410年





   02:24 :ワルキア王都・アーチェリー家





 暗闇の中、目を覚ます。

 どうやらまた悪夢にうなされていたらしい。

 フィアーは起き上がると、二段ベットの二階から降りる。

 1段目ではリアが寝息を立てながらぐっすりと眠っている。寝相はお世辞にもよくはなく、掛け布団はぐしゃぐしゃになっており、パジャマの間からへそが覗いている。


「……風邪引くよ、リア」


 リアに布団をかけなおすと、フィアーは窓辺に立ち、空を見上げる。


「さっきの夢……」


 あのような建築物は、この世界では見たことがない。

 だとすればあれは一体なんの映像なのか。


「―――いや、あれによく似た造りの建物……見たことあったな」


 そう、ある日の夕方に見たあの白昼夢。その中で見たあの遺跡の写真。あれは先程の夢の建物の造りに少し似ていたような。




「やっぱり、行ってみるしかないよな」


 フィアーは改めて、遺跡へと行く決意を固めていた。


 ―――その先に、何があるかも分からないままに。




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