第二章「隔絶の砂海」

第二章1話:書館 - Fog library -


 ワルキアの中央部、城の近くの通りには大図書館がある。そこには歴史書や教科書、過去の新聞から魔本まで、様々な物を蔵書する王国の知識の集合体だ。

 その蔵書数は1万を下らない。多種多様な本が納められた本棚が何台も積み重ねられ、天高く、壁一面に並べられている。


 建物は三階建てとなっており、その中央部は吹き抜けとなっている。

 そこには椅子とテーブルが並べられ、図書館内で腰を落ち着けて本を読むことが可能だ。


 その机の一角、巨大なテーブルの端で、他の来館者が一瞬驚くほどの量の本を積み上げて無心に読み漁る、フィアーの姿があった。


「これが、遺跡……」


 フィアーが読んでいたのはマギアメイルに関する歴史の本だ。

 以前、町中でフリュムの方面にある古代遺跡の話を職人から聞いたフィアーはずっと、そこの事が気になっていた。そこでフィアーは誰かにここの場所を教えてもらい、様々な本が並べられているこの図書館に来ていたのだ。


―――教えてくれたのは誰だったか。それは思い出せないが、


 そこに描かれていたのは、未来的な意匠が散りばめられた施設だ。ただし未来的、というのはあくまでもフィアーの主観によるものだ。壁は鉄で出来ており、そこには基盤のような模様や、幾何学的な模様などが刻まれている。


 ―――やはり、この世界の一般的な感覚と、フィアーの感覚には大きな差があるらしい。

 フィアーにとってみれば近未来的な、ともすれば宇宙的な科学技術の結晶のように思われるこの遺跡だが、どの書籍に目を通してもこれを未来的、などと形容しているものはない。むしろ魔法を通しても動かないようなものは前時代的、旧来のものとするような記述が多く見られる。


 それほどまでに、この世界は魔法、魔術といった超常のものに頼りきって文明が成り立っている世界なのだ。


 それだけに、先の魔物騒ぎはとても人々の既存概念に大きな傷を与えたのだろう。

 今まで生まれつき、当たり前のように存在していた「魔力」が、たった一瞬で消滅してしまったのだから。


「だから、マギアメイルも皆動かなくなった、と」


 独り言をこぼし、納得する。

 本の壁に囲まれながら、この世界の知識、常識を噛み砕いて蓄積していく。


 ―――最初に読んだ本は、たった一冊だった。

 だがそれを読み進めるにつれて、意味のわからない固有名詞が次々と出てくる。

 そうすると次はその固有名詞についての本を調べ、そこで新たな言葉が出てきて。

 そんな事を繰り返すうちにフィアーの回りにはいつの間にか、ジャンルも内容もバラバラな分厚い本の城塞が築かれていた。


―――フィアーの周りの光景は、霧がかかったように不鮮明だ。


「ふぅ」


 最後の一冊を読了し、一息つく。

 そうして改めて周りの本を改めて見渡して、一言こぼす。


「あ……これ、全部返さなきゃいけないんだった」


 なにせ取った場所も全部ばらばらだ。これを一冊ずつ戻すとなるとどれほど時間がかかるのやら。

 取り敢えず、近場の本から地道に返していこう、とフィアーが一冊の本を手にしようとした瞬間、他の人間の手がそこに重なる。


「―――すごい量の本ね、返すの手伝うわよ?」


突然、声が響く。

 ―――そこに居たのは一人の女性だ。幼げな顔立ちだが、その身に纏う雰囲気は妖艶としかいいようがない。

 黒と紫を基調としたドレスにも似た服を身にまとい、髪は紫のグラデーションのかかった黒。

 その瞳は鮮やかな赤色で、見つめていると今にも引き込まれそうな印象を受ける。


「……いえ、申し訳ないので結構です」


 何故だろう。自分はこの女性を知っている気がする。どこか、懐かしいような。

 不意に、甘い香りが鼻をくすぐる。


「申し訳ない、なんて……他人行儀なこと言わなくていいのに」


 そういいながら、女性は本を一冊手に取る。


 ―――なんだ、この焦燥感は。

 自分は一体、この女性に何を感じているのか。


 初対面、のはずだ。少なくとも彼女と王都で話した記憶はない。


「だって」


 その瞬間、女性はフィアーの視界から消える。

 どこに行ったのか、フィアーが辺りを見渡そうとする。


 ―――その時、耳のすぐ近くで、女性の声が唐突に響く。


「ワタシたち、のようなものでしょう?」




「――――――ッ!?????」





 頭痛が激しい。


 呼吸が上手くできない。


 過呼吸気味になりながら、頭を抑えてたまらずうずくまる。


 痛い。痛い。痛い。


 割れるように痛む頭の中を、身に覚えのない映像が延々とフラッシュバックしている。

 コンクリートで作られたビルが建ち並ぶ無機質な街。走る車。逃げ惑う人々。壊れゆく建造物。


 ―――そして、暴れまわる魔物と、人型の巨鎧。




 ―――なぜ、あそこでどうして自分は。




 その瞬間、写し出された一つの光景を最後にフィアーの意識は暗転する。


 それは、扉もない正四角形の空間。


 ―――そして、そこで鎖に繋がれながら実験材料にされる、大量の子供たちの姿だった。






 ◇◇◇






----ワルキア皇暦410年





   16:44 :ワルキア王都・アーチェリー家





「―――うわぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!」


 ―――叫びながら、フィアーは目を覚ました。

 荒い息を整えながら、辺りを見渡す。


 どうやら、もう夕暮れらしい。部屋の中は橙色の光に包まれ、外からは夕暮れ時を知らせる鐘の音が聞こえてくる。


 先程まで頭を襲っていたはずの頭痛はどこへやら、頭の中は晴れ渡ったようにクリアだ。


「……あれ?」


 気付くとそこには女の姿も、本の山もない。

 よく見知った、義姉であるリアの家―――つまりフィアーの自宅だ。


 悪い夢を見ていた、のだろうか。


 意識が朦朧とする中、先程の出来事を振り返ろうとする。

 本を読み漁り、知識を貪欲に取り入れ、そしてあの少女と出会い、そして。


 あのフラッシュバックも、頭痛も、全て夢の中の出来事だったというのか。


 しかし、それでは説明がつかないことが多すぎる。自分は確かに図書館にいったし、読んだ本の内容も覚えている。

 マギアメイルについての歴史、ワルキア建国以来の歴史、魔術についての知識、この世界の動植物についての知識。


 その全てが、フィアーの頭の中で産み出された妄想とはとてもではないが思えない。


 そしてなにより。


「これは……」


 そこにあったのは一冊の本だ。


 黒と紫を基調とした装丁に、金の装飾が施された怪しげな本。

 その本を見た時の第一印象は、「異質」だ。この世界にあるどの物体とも一切親和性を感じない、独特な質感。

 そんな怪しげな本の横には一枚のメモが添えられていた。





 親愛なるカゾクへ。


 ―――ヴィオレより。




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