第一章2話:接敵 - First battle -



「おはようございます……えぇと、アナタは誰?」



「あと……ボクは誰だろう?」







 ―――予想外の質問に、リアは混乱していた。


 彼が誰かなどこちらが聴きたい。

 謎の円柱から突如として現れた、この少年は一体何者なのか。

 見た目は普通の人間のように見えるが、その瞳には、何か引き込まれるような光を称えている。


 浮世離れ、というよりも人外じみている。リアはそんな印象を受けた。


 もしかしたら彼は人間ではないのではないか?人の姿をとった魔物モンスターの一種なのでは?

 もしくは超常的な、神のような存在であったとしたら?そんな仮定が頭の中を右往左往し、喋る言葉すら思いつかない。


 しかし早く何かを言わねば、少年の機嫌を損ねてしまうかもしれない。


 彼がもし、超常的な存在であったとすれば、この問いは何かの試練。求めるような回答を答えられなければ、あるいは次の瞬間には首が落とされているかもしれない。


 なんとか、自分が出来る最大限の自己紹介をしなければ、とリアは頭を必死で捻る。



「わ……」


 声を震わせながらも、勇気を出して言葉を発し、


「あ、あたしの名前はリャッ……」


 ―――最悪のタイミングで、舌を噛んでしまった。


 これはもう終わった。リアは顔面蒼白になりながら心の中でそう繰り返す。


 そして恐る恐る少年のほうを仰ぎ見る。


「……リャッさん?」


「違うわよ!どんな名前よ!」


「いや、もしかしたらそんな名前の人もどっかにはいるかもしれないし……」


「小書きのツで終わる名前なんてそうないでしょ!舌を噛んだのよ!」



 そんなやり取りをしてようやくリアは確信する。

 ―――多分、この子は普通の人間だ。

 現れた状況はよく分からないが、少なくとも人外などではないとリアは思った。


 普通のやりとりができるなら、恐れる必要はないだろう。

 少し安心したリアは、おもむろ咳払いをして、改めて自己紹介をする。



「こほん……あたしの名前はリア・アーチェリー!ワルキア王国じゃあ、ちょっとは名のしれた運送屋よ!」



 少しポーズを決めながら、堂々と自己アピールをする。

 先程舌を噛んでいなければもう少し決まっていたかもしれない。そんなことを思うと少し赤面してしまう。


「リアさん……うん、覚えた」


「二つ目の質問だけど、あなたのことは正直分かんない。

 だってあなた空から降ってきたんだもの」


 リアは簡潔に状況を説明する。


 空から突如円柱が落ちてきたこと。


 その円柱の中から、少年が全裸で現れたこと。


 ―――そう、全裸なのだ。


「というかいい加減服を……」


「ないからなぁ」


 そういうと、リアの言い分を無視して少年は空を仰ぐ。

 ひとしきり辺りの風景を眺め、何か考えるかのような動作をしてから、リアに向き直り困惑した顔を浮かべた。


「……空から落ちてきたってのは流石になくない?」


「私が一番そう思ってるわよ!!!!」


 張本人にそう言われると、無性に腹が立つ。まるで自分がおかしなことを言っているみたいではないか。

 この状況で一番困惑しているのはリアなのだ。ただでさえ時間がないというのに。

 そんなことを考え、ふと思い出す。


「そうだ、時間がないんだった!」


「?」


 目の前の異常事態で頭がいっぱいで、今にも砂賊や軍が来るかもしれないということを失念していた。

 早くここを離れなければ、折角のこの発見を横取りされてしまう。


 そうしてリアは急いでマギアメイルに乗り込もうとして、そこで気付く。


 ―――彼をどうしようか。


 ここに置いていくのはどう考えてもよろしくない。砂賊に捕まったりなどしたら、まずろくな目には合わないであろう。


 軍だってそうだ。この円柱の近くに彼がいれば、その異常さに気づいてしまうだろう。もしかしたら実験かなにかをされてしまうかもしれない。


 ならばいっそ。


「あんた、とりあえず一緒に乗って!」


「うおう」


 急に手を引かれ、少年は間抜けな声を出す。

 リアのマギアメイル、『運送屋デリバリーマン』から伸びた昇降用ワイヤーを掴み、二人は操縦席に乗り込む。

 『運送屋デリバリーマン』は運搬用であることもあり、操縦席が少し広めに作られている。サブシートも搭載されており、複数人で交代しての操縦、2名からの魔力供給を行う複座方式の操縦にも対応している。


 リアは少年をサブシートに載せ、大きめの布を渡す。


「ずっと全裸ってのもあれだから、これ羽織っておきなさい」


 渡した布は、普段リアが布団代わりに使っているもので。上手く羽織ればちょっとした外套のように使えそうなものだ。


「……あったかい」


 少年がそれを羽織ったことを確認すると、リアは操縦桿を強く握り、魔力を込める。


「操縦術式起動!」



 < 登場者二名確認 >



 < 魔力供給者一名確認 > 



 < 単座操縦術式起動 >



 機体を起動すると、リアは手早く空のコンテナに円柱の残骸を格納し始める。

 その手際は迅速の一言。正に輸送のプロといったところだ。




「持っていけるだけ持ってかないとね」


 そんな作業をしながら、リアはある事を思いついた。


「そうだ、あなた名前ないのよね?」


「うん。あったのもしれないけど、ボクは覚えてない」


 ―――名前がないというのは存外不便だ。

 予定としてはここから王都に戻るが、その先この少年がどうなるかは正直わからない。


 少なくとも空から落ちてきた彼に、戸籍やIDはないだろう。

 IDがなければ王都の門すら通れない。どうにか用意してあげられればよいのだが。

 いっそ積荷にでも隠して密入させる手もあるか。


 ―――偶然とはいえ見つけてしまった身だ。記憶喪失の人間を野に放つというのも寝覚めが悪い。

 せめて、最低限の暮らしはできるよう、面倒をみてあげなければ。


 そんな、保護者のような責任感がリアの中に産まれていた。


「じゃ、あたしが付けてあげる!何か好きなものとかある?」


 名前を付けてあげよう。いつまでもあなたなどと呼ぶのは他人行儀だし面倒だ。

 とりあえず好きなものを聞く。良さげな響きの言葉なら、それを名前にしよう。


 そんな軽い思いつきで、リアは少年の名付け親になることに決めた。


「好きな物……特にないな」


「ええ……じゃあどうしようかな……」


「……でも、印象深い数字はあるよ」


「数字?」


 数字とは予想外だ、なにか良さそうな言葉があればいいのだが。


「……4」


「4……4か……」


 リアは作業を続けながら、頭をフル回転させる。なにか、4にちなんだかっこいい響きの言葉があったような気がする。

 そしてリアは1つの言葉を思いつき、それを口にする。


「フィアー……あなたの名前、フィアーってのはどう!?」


 確か古代言語の4がそんな読み方だった気がする。

 語感もいい、特に自分の名前と響きが近くて耳馴染みがいい。


「フィアー……ボクの名前……」


 少年―――フィアーは、自身につけられた名前を噛みしめるように繰り返す。

 どうやら気に入ってもらえたらしい。

 リアがその様子を見て優しげな表情を浮かべていると、ちょうど部品の詰め込み作業が終了した。


 あとは王都に帰るのみである。


「よしっ!積み込み完了!」


 リアは「デリバリーマン」の脚部に魔力を込める。

 脚部の裏のスラスターの内部で、圧縮された魔力が今か今かと開放される時を待ちわびていた。


 その時、ふと遠くに紅い船のような物体が見えた。恐らくは砂賊の砂航船だ。

 なんとかギリギリといったところだろうか。あの距離であれば追いつかれることはないだろう。


「フィアー、しっかり掴まってなさい、翔ぶわよ!」


 < 脚部ユニット:圧縮魔力開放 > 


跳躍術式ジャンプっ!」


 リアが操縦桿を握る拳に魔力をこめた瞬間、スラスターに溜まりに溜まった圧縮魔力は一斉に解放される。

 刹那、砂丘に居た橙色の機体は、広大な空に大ジャンプをしていた。

運送屋デリバリーマン』がいた地点は、砂が一斉に吹き飛ばされ穴のようになっている。


 ―――爆心地が離れていく。その様子を、フィアーはぼーっと見つめていた。


 機体は放物線を描きながら砂丘から砂丘へ移動していく。

 眼前に見えるのはなだらかな砂丘だ。着地するには申し分ない。


「着地するわよ!」


運送屋デリバリーマン』が地に脚を向けた、その次の瞬間。





 





「えっ!?」


 その腕は明らかにリア達を狙っているような動きだ。巨大な爪を広げながら今にも掴みかかろうとしている。



「この……っ!」


 リアは咄嗟に魔動鎧マギアメイルの脚部ユニットに再び魔力を集め、空中で魔力を開放。

 反転して緊急回避しようとした。



 ―――巨大な腕が、機体をかすめる。



 < 左腕部ユニット:重度損害 >


 < 本体装甲:軽微損害 >


 巨大な爪が掠った部分の装甲が、紙切れのようにひしゃげる。


 当然だ。『運送屋デリバリーマン』は戦闘用のマギアメイルではない。装甲に施された強化術式も必然最低限のものに留められている。

 リアの操縦技術がなければ、今頃バラバラの鉄塊と化していただろう。


 紙一重で本体へのダメージを避けた『運送屋デリバリーマン』は、離れた地点に不時着した。

 そして自身を攻撃した何かにメインカメラを向ける。


 < 敵性動体検知:魔物モンスター >


 モニターにその、自身を捕食しようとした化物が、砂丘の中から這い出る姿が映る。




 ―――それは、巨大な蜥蜴のような生き物だった。

 強靭な手足には無数の棘のような鱗があり、その爪は巨大にして鋭利。

 胴体には黒い水晶のようなものが埋まっていて、顔は常にこちらから視線を外さない。

 その瞳は有無を言わせぬ殺意を感じさせる。ただ、こちらを食糧としか認識していない残酷な目だ。


魔物モンスター……ッ!」


魔物まもの……こっちにも……」


 緊張が限界を迎えたリアには、フィアーが呟いた言葉は聞こえなかった。

 どうする。リアはこの窮地をどう切り抜けるか、そのことで頭がいっぱいになっていた。

 運搬用MM《マギアメイル》である『運送屋デリバリーマン』ではおよそ勝ち目などない。そもそも武装がないのだ。


「一体どうしたら……」


 諦めるか?いや、そんな選択肢を選ぶことは有り得ない。

 今は一人ではない。フィアーだって乗っているのだ。

 自分が諦めてしまったら、この記憶喪失の少年は自分のことを何も知らないままにその生命を散らせてしまう。

 そんなことがあってはいけない。リア・アーチェリーの名に賭けて。


「―――あなたは、私がちゃんと守るから!」


 そういうと、リアは脚部に再び魔力をこめる。機体の脚部から魔力を放出、バックステップのように背後に跳び、魔物との距離を取った。


「ボクは……」


 それに反応するように、魔物も動きだし、リア達を捕食せんと飛びかかる。

 その跳躍力は『運送屋デリバリーマン』のそれをゆうに超えて、太陽を覆い隠すようにリア達の真上を取る。



「そんな……」



 そして巨大な影に『運送屋デリバリーマン』が呑まれる、その瞬間。





 ―――蜥蜴の頭部に何かが着弾した。


「ッ!?」


 爆風が起こり、蜥蜴と『運送屋デリバリーマン』は逆方向にお互い吹き飛ばされる。


 爆風に巻かれた機体は横転し、その動きを止める。


 魔力切れだ。そもそもリアは半日ほど休まずに砂漠を渡っていた。

 それに加えて度重なる緊急回避と魔力圧縮。限界が来るのは目に見えている。



「魔力切れ!?せめて、状況だけでも……」



 機体の残留魔力を、全てカメラとモニタに集める。なんとか周辺の状況は探れたらしい。例の蜥蜴は付近の大岩にその身体をぶつけ、起き上がろうともがいているようだった。


 そしてカメラが、それとは別の物体を見つける。



 < 動体検知:魔動鎧マギアメイル >



「あれは……」


 ―――それは焔の如き紅色の外装をしたマギアメイルだった。

 右腕に巨大な錨のようなユニットを担ぎ、左肩には髑髏を象ったエンブレムが付けられていた。

 その双眼を蒼く発光させ、こちらを睨み付けている。


『見つけたぜぇ、やっぱり軍の運送屋か』


 真紅のマギアメイルは機体のスピーカーから大音量で言葉を発する。


 ―――恐らくは砂賊だ。あの柱が落ちた音で、異変を察知してきたに違いない。


「砂賊…でも今は……」


 だがたとえ砂賊でも、魔物モンスターよりはマシだ。敵の敵は味方。少なくとも今この瞬間に彼らが来たことは、むしろ幸運と言える。



『お前らぁ!まずはあの蜥蜴を片付ける!

 あいつを確保するのはその後だ!』


 そういうと、錨を持つマギアメイルの後ろから、数機の黒いマギアメイルが飛び出し、魔物に向かって銃で斉射を始めた。

 最初は物ともしていない様子だった魔物だが、斉射が続くにつれ、徐々にその鱗が剥がれ、苦しそうな声を上げる。


『隊長、今のうちに!』


『グレア、一気に決めろ!』


 黒いマギアメイルから、次々に声があがる。


『オーケー……そんじゃあ行くぜッ!』


 真紅のマギアメイルは、背中から圧縮魔力を放出し、魔物の眼前まで踏み込む。


 ―――瞬間的に目前に現れたマギアメイルに、手負いの魔物は即座に反応することができなかった。


 魔物モンスターの驚愕したような表情を尻目に、真紅のマギアメイルは手に持つ錨を振りかざす。


『喰らえェッ!!!!』


 巨大な錨が、爆発で抉れた頭部に振り下ろされる。

 それと同時に刃から魔力が放出され、魔物の表皮、そして骨身を内外から切り刻む。

 真紅のマギアメイルは、そのまま首を、蜥蜴の胴体までをも、その斬撃で切り裂く。

 過剰な魔力が乱気流のようにあたりに散らばり、あたりの岩が砕けた。


 そしてその斬撃はついに魔物の胸部に行き着き、そして。


 ―――黒い水晶が砕ける。


 それと同時に、巨大な蜥蜴の手足が、先端から光となって瞬時に消滅していく。



 紫色の光を背に、マギアメイルは錨を振り抜き、着地する。

 勢い良く着地した真紅のマギアメイルの背中から、魔力が放出されていた。

 過剰な出力を瞬間的に加えられた結果だろうか。背中のスラスターは赤熱化し、少し煙を上げている。




「すごい……」


 リアとフィアーは、その光景を呆然と見ていた。

 マギアメイルの活躍に圧倒されていたリアと違い、フィアーの視点は常に魔物に向けられていたが。


『少し無理させすぎたか、まぁたアイツに叱られる……』


 そんなぼやきを口にしながら、真紅のマギアメイルは『運送屋デリバリーマン』に近付いてくる。


『おい、あんた。さっきの爆心地から飛んできた奴だろ?』


『悪いが、俺らの船に来てもらうぜ』


 逃げようにも返答をしようにも、『運送屋デリバリーマン』は魔力切れだ。今見ているモニタの映像も、着いたり消えたりを繰り返している。


魔物モンスターに食われるよりは遥かにマシ……か……」


 リアはフィアーに向き直り、落ち込んだような声で言う。

 このまま砂賊に捕まったとして、どんな扱いを受けるか。そんなことは想像に難くない。せめて、フィアーだけでも逃がせれば。


 そんな事を考えたが、目の前に複数のマギアメイルがいる状況である。

 たとえ『運送屋デリバリーマン』が無事な状態であっても、恐らく逃げ切ることは不可能だっただろう。重々しい声で、リアは話を切り出した。


「ごめんなさいフィアー、あなたを無事に王都に連れていくことは出来なそう……」


 事実上の敗北宣言。救うことを諦めたと取られても仕方のない言葉をリアは口にする。彼は恐らく自分に幻滅しただろう、そんなことを思いながら。


「―――いや、大丈夫だよリア」


 しかし、フィアーはリアとも、真紅のマギアメイルとも、魔物が居た場所とも別な方向を見つめ口にした。

 何が大丈夫なものか、リアは自分を責めた。

 記憶をなくした少年にまで、気を使わせてしまうなんて。


 そんなリアの自責の念を全く気に留めないかのように、フィアーは続けて言葉を発する。




「ボク達は助かったみたいだ」




 ―――その言葉と共に、モニタには1つの文言が表示されていた。




 < 友軍動体検知:魔動鎧マギアメイル >




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る