第一章「水晶の王都」

第一章1話:邂逅 - Encounter -



―――目が覚めた時、僕は自分が誰だかわからなかった。


 自分の名前も、故郷も、両親の顔も、今いる場所がどこかも。

なにかが欠落しているという感覚はある。

しかしそのなにかが分からない。


 なにか……大切な使命があった気がする。


 そう、僕……ボクにはなにか、世界を揺るがすほどに重大な……











◇◇◇







 ----ワルキア皇暦410年





 ―――荒涼とした砂漠の中を、一機の鉄鎧が疾走る。


 そこは広大な砂漠だった。

 あたり一面には砂と、岩しか存在しない不毛の大地だ。


 そんな大地を、橙色の装甲をつけた逆関節の機体が走っていた。

 その運転席には、一人の少女の姿がある。

 金髪碧眼、そして健康的な小麦色の肌の少女だ。

体型はスレンダーで、引き締まった手足からは活動的な印象を受ける。

 動きやすい服を身にまとい、長い髪をツインテールにまとめている。


「あっつー……いつも思うけど、なんで王都と前線を行き来するのに砂漠を通らなきゃいけないのよ」


 誰にともなくボヤきながら、手慣れた操縦で砂丘を乗り越える。

 彼女、リア・アーチェリーにとって、それは日常茶飯事だった。


「今日は魔力のノリがいいわね、『運送屋デリバリーマン』!」


 金色の髪をなびかせながら、リアは愛機へと語りかける。


 愛機、『運送屋デリバリーマン』。作業用のMM(マギアメイル)だ。


 最近製造されたばかりの新品で、彼女はオークションで一目惚れし、ほぼ全財産を叩いてこの機体を落札した。

 衝動的に購入した為に試し乗りなどを一切していなかったが、

 奇跡的に自身との魔力の周波数が適合し、手足のように扱うことができた。

 それだけに機体への思い入れの深さは尋常ではなく、こうして定期的に話しかけるレベルで溺愛していた。


 ―――マギアメイルとは、搭乗者の魔力を動力として動く鉄の鎧である。

その四肢に張り巡らされた魔法陣、「操縦術式」によって、その手足はまるで搭乗者のもののように自在に動かすことが出来る。そのため戦闘用、そして民間の作業用としても圧倒的な性能を誇っていた。

 最初のマギアメイルが開発された時期は百年以上前とされ、製造にはある程度の時間と人員を要する。

そのため、たとえ民間用であっても新造品はかなり希少とされ、高値で取引されている。


「今日の仕事が終わったら、ピッカピカになるまで洗ってあげるからね!」


 仕事終わりに思いを馳せながら、リアは操縦桿に力をこめる。


 ―――その刹那、アラームが鳴り響き、機体に危険が迫っていることをリアに知らせた。


「えっ!?」


 リアがふと、計測機器を見ると、なにかがこちらに高速接近してきていることを表示している。


「っ!まさか砂賊っ!?」


 砂賊とは、砂漠を進む船「砂航船」を用い、道行く行商人などを襲う荒くれ者たちだ。

 当然武装しており、作業用MMである『運送屋デリバリーマン』では勝ち目などあろう筈がない。


 脚部からバンカーを発射、機体を急速反転させ、辺りを見渡す。

 だが、何かが近づいてきているような姿は見受けられない。


「なんだ、なにもいないじゃない……」


 しかし、なおもアラートはけたたましく鳴り響く。


 何か、音がする。それも空から。

 不審に思ったリアは、ふと頭上を見上げた。


「……え?」


 そこにあったのは。



 ―――上空から超スピードで落下してくる、細長い円柱だった。









◇◇◇





「いったたた……」


運送屋デリバリーマン』の操縦席内で、頭を抑えながらリアが起き上がる。


 あれほど煩く鳴り響いていたアラームは既に止まっており、機体も活動を停止していた。どうやら少しの間気絶していたらしい。

 

 どうやらあの白い柱が物凄いスピードで砂漠に着弾した衝撃で、

運送屋デリバリーマン』ごと吹き飛ばされたようだった。


「なんだったの今の……」


 痛む頭に手を当てながら、機体内の状況を確認する。

機体が非駆動状態になっているあたり、どうやらその時に操縦席で頭を打って気絶していたようだ。

パイロットが意識を失えば、操縦術式は解除され、機体はその駆動を止める。

そんなことは、リア含めマギアメイル乗りであれば誰もが知っていることだった。


 リアはおもむろに操縦桿を握り、自身の魔力を走らせる。

自身に流れる魔力を、マギアメイルの各部に行き渡らせる。



< 魔力供給確認 > 


< 操縦術式起動 >



 見慣れた表示がモニターに現れる。

それと同時に起動音が鳴り、機体のスタートアップが完了したことを知らせる。


 リアは画面をタッチし、機体制御用の術式を起動する。

その操作に呼応し、モニターには機体各部の損傷状況、魔力の供給量等が表示される。


< 右腕部ユニット:軽微損害 >


 どうやら内部機器は故障はしていないらしい。右部の跳躍術式ユニットが少々破損した程度で、機体本体の損傷も少ない。

もしあの円柱が直撃していたら、どうなっていたかは分からないが。


「あたしの新品の『運送屋デリバリーマン』ちゃんがお釈迦になるところだったわ……」


 『運送屋デリバリーマン』が無事に動くことを確認し、ため息をつく。

なにせ有り金をほとんど叩いて買った愛機、こんなわけの分からない事故で壊れてしまってはたまったものではない。

そんな事を思いながら、リアは辺りを見渡す。


 どうやらかなり遠くまで吹き飛ばされたようだ。円柱が着弾したであろう大穴が、だいぶ遠くに見える。


「さっきのは一体……?」


 疑問が口からこぼれでる。

突如として頭上に現れたあの円柱。

あれは一体何なのか、好奇心旺盛な彼女にはそれが気になって仕方がなかった。

あのような装置は見たことがない。少なくとも王国では。

他所の国の新兵器か何かだろうか?それともワルキアが秘密裏に作った危ない兵器だろうか?


 ―――どちらにせよ、未知のマギアメイルのパーツかなにかだったら、お金になるんじゃ?


 そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、リアは既に操縦桿を握っていた。


 荷物を届けた帰りでよかった。

運送屋デリバリーマン』に荷物を積んでいたら、もしあれが金目のものでも持って帰れないところだった。


 そんなポジティブな思考を走らせながら、白い円柱が着弾した地点へと歩みを進める。

何事においてもまず、金になるかどうかを考える。

それがリア・アーチェリーの信条だった。


 着弾地点は爆心地のようになっており、辺り一面がくろずんでいた。

あれほどの大音量と衝撃だ。かなり遠くにいる者にもその異常は感知できただろう。

軍が来るよりも早く回収しなければ、それこそ砂賊や魔物の餌食である。



 ―――その白い円柱は、傷一つなく大地に突き刺さっていた。

まるで初めからそこにあったかのように、垂直に。


「……!」


 そこでリアは気づいた。

白い円柱に、青く光る部位があり、そのなかに。


「人影……?」








◇◇◇





「なんださっきの物音はァ!!!」


 巨大な船が砂を泳ぐ。

その甲板には数機のマギアメイルが膝立ちで配備されており、いつでも出撃できる用意が整っていた。

 

 そんな船の艦橋で赤いバンダナを巻いた、筋肉質な男が怒鳴っていた。

寝起きのようで、機嫌は最悪。今にも人を殴りそうな顔をしている。

彼の名はガルドス・ローダン。砂賊団の中でも名のしれた砂賊、「ヘパイストス」を率いる頭領その人だ。


「分からないっす!!デケェ魔物でも暴れてるんすかね!?」

「もしかしたら、軍の運送屋が火薬でも爆破させちまったんじゃないですかい?」

「この船もおしまいだぁ!!きっとあの音は天罰なんだ……俺たちも……!!」

「世界の終わりッス!」

「遺書書くっす……」


 個性豊かな船員たちが一斉に叫ぶ。


「うるせぇ!!!一斉に喋んな!!!!」


 ガルドスも叫ぶ。

このようなことはこの船、砂航船「ヘパイストス」では日常茶飯事である。



「皆落ち着け……、ボス、恐らくですが、あの音は爆発ではなく、何かが墜落した音かと」


 周りが騒ぎ散らす中、語りかけたのは20代後半ほどと思わしき青年だ。他の船員と比べると遥かに理知的な雰囲気を漂わせている。


「衝撃音のなる直前、広域レーダーが飛翔体の反応を捉えていました。

 恐らくは、軍の空航船か何かかと」


 その報告を聴くとガルドスは満足気に頷く。


「流石は副長、他のトンチキと違って頼りになるなマキエル。なら進路を―」


 マキエルと呼ばれた青年は、それを聞くと嬉しげな表情を一瞬浮かべ、報告を続ける。


「既に進路を墜落地点に向けております。今からなら、王都の部隊より先に着けるかと」

「なら、火事場泥棒と洒落込むとするか」


 そう言うとガルドスは、おもむろに付けていた赤のバンダナを締め直す。

これは彼にとって一種の儀式である。これから略奪行為を行うことへの罪悪感、後ろめたさ。それらを振り払うための行為。

それを終えると深呼吸をし、ガルドスは声高に叫んだ。


「野郎どもォ!船と鎧に魔力を込めろ!

 めぼしいもんも要らなそうなもんも、根こそぎ奪いにいくぞォ!」


「「「合点!」」」




◇◇◇





 あれから十数分。

リアは『運送屋デリバリーマン』から降り、例の円柱の真正面にまで来ていた。


 ―――この距離まできて、疑惑が確信に変わる。

この中に入っているのは、たしかに人間だ。


 水色のケースの中に浮かんでいるそれは、全裸の少年だった。

年齢は自分とそう変わらずに見える。おそらくは14、5歳といったところだろうか。


 相手が男性で、全裸だという事実よりも、今置かれている状況の異常さに脳の整理が追いつかない。

空から降ってきたこの筒になぜ人が?中の彼は生きているのか?そもそもこの筒は一体?

そんな疑問が頭の中を右往左往している。




「……」


 こうしていても何も分からない。そう思い円柱に手を伸ばす。

そして、リアの指先がそれに触れた瞬間。






『変換完了。ロックを解除します。』


 ピピッ、という音と共に何者かの声が響く。

女性の声だ。おそらくはこの機械のアナウンスであろう。

突然鳴り響いた声に一瞬あっけにとられていると、



 円柱の透明な部分が、開いた。

それと同時にすき間から青色の液体が流れ出てくる。

内部からは金属のきしむような音と魔物の鼻息のような音が定期的に漏れ出している。


 その中には、青い液体に濡れ、倒れ込んでいる人間の姿があった。

薬品のような香りがあたりに広がる。

流れ出た液体は徐々に砂に吸われ、みるみるその姿を消していったかと思われた。

だが違う。水は砂に触れる前に光の粒子のようになり、風に吹かれ空に消えていく。


「これは……」


 リアがその異様な光景を呆然と眺めていると、




 ―――中にいた少年が、立ち上がった。


 銀色の髪の少年だ。瞳は怪しげな紫紺の光を称えている。

少年はぼーっとした様子で、ふらつきながらリアに近づいてくる。


 二人の距離がだいぶ近づいたあたりで、少年はふと歩みを止め、






「……おはようございます、えぇと、アナタは誰?」


気軽な挨拶。まるでそこらにいる一般人がするような普遍的な問い。



そして、



「あと……ボクは誰だろう?」





―――誰にも答えられない問いをぶつけてきたのだった。

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