煌くヒカリの名を

『ツェオ・ジ・ゼルの存在抹消──これが我々の要求だ。もし、これを受け入れるというのならば、我々の関与できる範囲で君を蘇生させ、永遠の命と記憶の連続性を与えよう。幾度のルーチン、幾度のループを経ようとも、今回のような不具合──記憶の欠損などおこらない完全な肉体を保障しよう。つまり、次からの星の雫の主人格ロイス・アルブレヒトは、永劫に君となるのだ。悪くない取引だと思うよ、これは?』

「…………」


 月種によるその要求に、ゲオルグは即座に答えはしなかった。

 ゲオルグからすれば、それは取引でも、提案でもなく、強要に近かった。

 神にも等しいと自負する月種の力ならば、ゲオルグ程度、消し飛ばすことは容易だろう。


『迷っているのかね? それほどまで、あの庭園騎士が重要か。なるほど、我々も心程度の機微は理解している。これまで自分を守り続けたものに対し、自らだけ不死の肉体を得ることに後ろめたさがあるのだろう。ならば、あれにも同程度の肉体を用意しよう。思考ルーチンと記憶もコピーし、同じように仕上げよう。因果のみが繋がらない、まったく同じものだ。なに、バーンアリスに至るこの世界の彼女がいなければ、それでいいのだ。これならば、否やあるまい』

「……ひとつ、尋ねたい」

『なんだね?』

「おまえたちは……」


 月種の、傲慢な長広舌が終わるのを待って。

 俯いていたゲオルグは、吐き出すように言葉を紡いだ。

 機械的な、抑揚のない声音で、彼は、月種へとたずねる。


「おまえたちは……本気で」


 ゆっくりとあげられる双眸。

 そこに宿る、執念という名の鬼火。

 これまでの長い、永い旅路の中で、一度たりとも折れることのなかった不屈の鋼。

 その、感情の名は──


「そんな理不尽を。そんなふざけたことを。俺が、本気で──」


 彼の右手が赤熱する。

 赤い、赤い金属の右手。

 彼の肉体でありながら、唯一彼のものではなく、そして武器として存在し続けたそれが、血潮とともに熱く燃え上がる。

 ゲオルグ自身の願い、心、魂──そのすべてを燃料に変えて、白い闇を照らすほどのヒカリとなって。


「本気で望んでいるとでも──思っているのかっ!」


 握り締められた拳は、想いの具現となって、空間へと叩きつけられた。


『なっ!?』


 神が、全知全能の存在が──太陽系スケール程度の完全が、ゆらぐ。

 動揺を隠せない神は、罅割ひびわれていく空間のなかで、狂乱した疑念を投げつけてくる。


『なぜだ!? なぜ、こんなことが起こりえる? 君は、貴様程度は、すでに過去のものとなった舞台装置ガジェットに過ぎないというのに──』

「……そんなこと、俺が知るか」


 冷淡に吐き捨てた彼は、ふたたび拳を振りかぶる。

 すべてが焔に燃えていた。


『やめろ!? いったいなにをするつもりだ!? まさか、ツェオ・ジ・ゼルをバーンアリスにするつもりなのか? 正気ではない! そんなことをすれば、星が滅ぶぞ! 産まれ堕ちるのは死の申し子だぞ! そんなことになったら、地球だけでなく、楽園たる月面まで──」


 狼狽し、慌てふためく月種。

 どこまでも居丈高にふるまっていたものの、落ちた振る舞い。

 だが、もはやそんなことは。

 ゲオルグにとって、なんの意味もないことだった。

 彼は一切の躊躇なく、その拳を振り下ろす──


「それは俺の役目じゃない。俺は、彼女を人間にするだけだ。だから、おまえたちはきっと、おまえたち自身の愚かさで滅ぶのだろうよ」

『おのれぇえええええええええええええええええええええ!!!』


 砕け散る白い闇。

 消失するすべて。

 しかし、彼の前で、それは確かに光り輝いて──


「待っていろ、ツェオ」


 ──すぐに戻る。

 そう彼がつぶやいたとき、ゲオルグは自らの右手に、奇妙な感覚を覚えた。

 金属化した小指の部分が、引っぱられている。

 そこには、なにか細い──酷くか細い、赤い糸のようなものが絡んでいて──


「……なるほど」


 頷き、ゲオルグは小さく笑った。


戻り路バックドアは、あいつの得意技だったか」


 その言葉を最後にして、精神体としてのゲオルグがあった場所は崩壊した。

 彼の存在は、ある時点まで引き戻されて──


◎◎


「タイムアップです──私の主人マイスター!!」


 勝利宣言する純白の少女。


「これって、失敗じゃないの……?」


 絶望し、へたり込む長身の美女。


「ゲオルグ……?」


 美女は彼の名を呼ぶ。


 消し飛ぶ頭部。


 潰される四肢。


 噴き出す血飛沫。


 失敗する突撃行動。


 その、なにもかもが、空間中に舞い散る肉片、血の一滴までもが、逆巻くように元へと戻っていく。

 まるでそれは、映像を逆回しにするかのように。

 時間が、月種の介入した瞬間まで巻き戻り、そして──


「ああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ヘレネーに組み付かれながら、雄たけびを上げる少女が歌う。


「第一幕から──〝戯曲・孔雀石の小箱パーヴェル・バージョフ〟──汝が命は、蒼き霧によって散華するもの!」

 

 解放される、その身体能力と演算能力のすべて。

 その一瞬に──刹那へと舞い戻った彼は。

 ゲオルグ・ファウストは。

 レールカノンを彼女に向けながら、冷静な声音でこう言った。


「邪魔はさせない、二度とだ──ツェオ、俺たちの終幕を、今度こそ始めよう」


 ゲオルグの視線が、すべての鍵となる人物を見詰め。

 そしてその名を、高らかに呼んだ。


「ヘレネー・デミ・ミルタ! 俺を接収ハッキングしろ!」


 ──反撃の幕が、いまあがる。

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