直轄者、執行者、星の雫

世界樹中核メフィストごと殺すつもりですか、情報知性体!」

「そんなヘマはしないわよ!」


 直轄者と執行者。

 世界の枠組みから外れた、埒外らちがいの決戦能力を有する2個体が衝突する。

 彼女たちの間では、絶え間なく常軌を逸したスケールでのジャミングが行われており、相手の行動権を掌握せんと、無数の攻撃的応酬M & Aが交わされていた。

 接収行動ハッキングに次ぐ、接収行動ハッキング

 破壊活動クラッキングに次ぐ、破壊活動クラッキング

 ツェオの右手が、ヘレネーの左目が、執行者の中指が、直轄者の右足が、屍人兵の顔面の半分が、情報知性体の下半身が、次々に、あるいは同時にブロックノイズ化し、膨張、弾け飛び、血煙をあげる。

 だが、それは次の瞬間には逆再生するかのようにして再構築され、さらなる激戦へと発展する。

 ターン・アークを殴りつけ、推進器外装投擲斧スラスター・トマホークを取り出したゲオルグは、疾走を開始。

 壁を蹴って宙に舞いあがると、ツェオへとトマホークを投擲とうてきする。

 同時にターン・アーク本体の弾体射出機構を展開し、秒間数千発におよぶ弾幕をまき散らす。

 連続で着弾する高速弾体を、しかしツェオは意にも介さない。

 頭上より飛来したトマホークでさえ鋼鉄の左手でたやすく受け止め、砕いてしまう。

 彼女の右腕が翻り、至近距離に出現したヘレネーの頭部を砕く。

 赤黒い情報流体が噴出し、ヘレネーが墜落。

 次の瞬間、床面に着地したゲオルグのすぐ隣に、ヘレネーが無傷で現れる。


「強いわ」

「当たり前だ、俺をあらゆる人類から守り切った女だぞ」

ね……でも、正攻法じゃ攻略できない」


 僅かな時間のアイコンタクト。

 視線を通じ、膨大な量の通信が、ヘレネーとゲオルグの間で行われる。

 星の雫として、半ば機能が復旧したゲオルグだからこそ受け取れる、超高密度の圧縮指示式。

 先に動いたのはゲオルグであった。

 空中に静止し、泰然とした様子で彼らを見下ろしていたツェオへと、一息に肉薄。

 降り注ぐ、迎撃。針の嵐。

 それは彼女の翼から抜け落ちた羽根が、誘導性を帯びたものだった。

 回避行動をとるゲオルグに、しかし羽根の群れは猟犬のように追尾し、雲霞うんかの如くまとわりつく。

 地に落ちるゲオルゲへと、ツェオの尻尾が迫った。

 その中間点へと、空間転移によって割って入ったヘレネーが現れ、尻尾を弾く。

 このタイミングを見定めていたかのように、ヘレネーの背後でゲオルグがターン・アークの機構を解放。

 周囲に甚大な熱量をまき散らす火線放射を行い、同時に上蓋の前半分が開き、榴弾砲が飛びだす。

 射出された5発の榴弾は、ヘレネーの横を通過し、ツェオへと命中。

 周囲一帯を巻き込んで大爆発を起こすが、ツェオは無視を決め込む。

 ゲオルグはターン・アークを半回転させると、さらなる機構を起動。

 弾体射出装置はそのままに、側面部で微小粒子を結晶化──ターン・アーク本来の物質変性能力の発現だ──三日月形の刃が7枚生成され、そのままツェオへと射出された。

 ひらりと舞い踊るようにしてそれをかわす彼女だったが、背面からの気配を感じて即座に上昇。

 半円を描いて回帰した刃と、ヘレネーの同時攻撃をかわす。

 その位置にあらかじめ狙いを絞っていたゲオルグが、滑るようなステップを踏みながら炸裂弾頭を大量展開。

 連続する爆発を避けながら、ツェオは円軌道で舞い踊る。

 途端に、ゲオルグがレバーを切り替え、見当はずれの方向へと通常弾頭を射出した。

 少女が訝しがる前に、割り込んでいたヘレネーが追撃をかける。が、それは正面から撃ち砕かれる。

 背面から衝撃をうけ、僅かにツェオの身体が傾いだ。

 彼女が背後へと視線を向けると、着弾の痕跡。それが跳弾によるものだと理解した瞬間に、彼女は棺桶を破壊すべく、速力を最大値まで上昇させゲオルグへと飛び掛かる。

 眼前に立ちはだかるヘレネー。

 ツェオは迂回するように、背面の6枚の翼をはばたかせるが、ヘレネーは空間転移能力を駆使して回り込む。

 屍人の少女は、ならばと、刃へと変じた両の手で、情報知性体を串刺しにしようとした。

 ヘレネーは圧力を上昇させ、空間ごとそれを圧砕。

 エメト・オリジンの兇悪なまでの頑強さを誇る装甲壁がクシャリと、次々に握り潰されたように崩壊していく。


「やはり、メフィストごと壊すつもりですか!」

「だったらどうなのよ!」

「好都合です……!」


 両の拳を腰だめにしたツェオは、それを大きく天へと掲げた。

 開かれた鋼の十指。

 その間に、極小の暗黒が発生する。

 周囲の大気、空間そのものを貪り喰らうようにして巨大化するそれ。

 電子走査すら受け付けない〝それ〟の正体に、ヘレネーが顔色を変えた。


変動重力源フレキシブル・ブラックホール! そんなものをここで解放されたら、ひとたまりもない!」

「さあ、どうしますか、ヘレネー・デミ・ミルタ! 私は、躊躇いなくこれを解き放ちますよ?」

「くっ」


 ほぞを噛んだヘレネーが、瞬時にブラックホールを相殺するプログラムを組み立て始める。

 だが、それが間に合わないことは、誰よりも彼女自身がよくわかっていた。

 ゲオルグが叫ぶ。


「ツェオ!」

「────」


 彼の姿を瞳に映し、ほんの一瞬だけ、少女は悲しそうな表情を浮かべた。

 しかし、次の瞬間には邪悪な顔つきになって、両手を一気に振り下ろす。

 放たれる破壊の波涛。

 すべてを蹂躙する重力子の収束点。

 これまでの戦闘でさんざん破壊し尽くされ、それでもなおギリギリの均衡を保っていたエメト・オリジンの構造体が、一気に瓦解する──

 暗黒の渦中に呑み込まれ、すべてが──時間すらもが引き伸ばされ、分解される。

 崩壊する足場、崩落する天井。

 そして、ゲオルグは──


 

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