屍人軍隊

「エクシードには用意させたわ。あたしは別にやることがあるから、あんたは先行して。現地で会いましょう……そうね、運が良ければ、ってとこで」

「ああ、運が良ければな」


 たったそれだけの会話で、ゲオルグとヘレネーは別れた。

 ゲオルグにヘレネーの思惑はわからなかったが、一刻も早くツェオのもとへ辿り着くことを彼は優先したのだ。

 そうしてゲオルグは、越種が用意したという浮上式雪原走破単車フロート・モビルにまたがり、白銀の大地をひた走っていた。

 積雪を切り裂き、時速にして450キロメートルを超えて疾走するモビルでは、飛んでくる雪の結晶ですら肌を切り裂く。

 ヘルメットをかぶり、指先から頭まで完全に防寒装備で覆った彼は、ゴーグルの奥の瞳を険しく細めた。

 前方に、無数の影を認めたからである。

 雪の下から這い出して来る、肌色を失って久しい凍結した人型の群れ。

 首筋で鈍く光るのは、橙色に変色した情報流体アンプル。

 3000を超えるネクロイドの群れが、彼の行く手を阻むようにして存在していた。


「…………」


 無言でゲオルグは、背嚢からそれを取り出す。

 これもまた、越種が調達したものだった。

 1200ミリの遠大な射出機構を持ち、9.1ミリメートル散弾9発を同時に射出できる破壊の具現。

 水平二連式大口径弾体散布射出装置ツインバレル・ショットカノン

 その破壊と殺戮のために存在する得物を、金属化した右手一本で構えながら、ゲオルグはネクロイドの群れへと真っ直ぐに突っ込んでいく。

 引き金が引かれるトリガー・オン

 鉄火とともに射出される弾体。

 それは空中で──9つに分かれ、降り注ぐ。

 9発の厄災が、屍人たちを蹂躙する。


『!?』


 感情を有しないはずのネクロイドの軍勢が、明らかにその足を止めた。

 先頭に立っていた数十体が、一瞬にして挽肉と化し、霧散したからである。

 更なる銃声。

 次の隊列が崩壊する。

 ゲオルグが、腕のなかで射出装置を一回転させると、中間部分が折れた。

 空薬莢が排出される。

 交叉式閉鎖排出機関クロスボルト・イジェクターだ。

 次なる弾体をこめながら、ゲオルグが凄絶な口調で物言わぬバケモノたちに勧告する。


退──」


 そのたった一言がもたらした効果は、じつに顕著なものだった。

 ネクロイドたちが、怯えたように後退あとずさったのである。

 だが、ほぼ同時に脊髄のアンプルが発光。

 ネクロイドたちの身体がブルリと震え。

 次の瞬間、ゲオルグへと一斉にとびかかった。

 指示式が、彼らに行動を強制したのである。

 モビルを加速させ、卓越した運転技術でそれをかわしていくゲオルグ。

 背後で爆発的熱量の増加。

 肌を焼く熱風。

 ゲオルグが振り返れば、雪原の一部、そこに堆積していたはずの雪塊が融解し、ぐつぐつとマグマのように煮立っていた。

 誘発。

 襲い来るネクロイドすべてが、同様の現象を引き起こす。

 彼の周囲で連鎖的に起こる爆発。

 それは、屍人の爆弾だった。

 情報流体の過密供給による自爆戦術。

 あまりに常軌を逸したその戦術に、ゲオルグは顔をしかめた。

 しかし、次の瞬間には眼前に立ちふさがったネクロイドを、彼は容赦なく、モビルの加速を込めた左手で殴り飛ばす。

 舞い上がり、爆発四散する屍人兵。

 ゲオルグは止まらない。

 そんな選択肢はありはしない。

 彼は冷酷な狩人となって、ショットカノンの引き金を引く。

 1体、また1体と、ネクロイドが葬られていく。


「待っていろ、ツェオ──」


 新たなる屍人の一団が現れようとも、彼は怯むことが無かった。


 その眼差しは真っ直ぐに、〝世界樹〟を見詰めている──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る