第2幕 この生産場の最下層なら

セクタ3089の調達者

「ツェオ、しっかりフードを被れ」

「ヤー、マイスター」


 百人単位の人々が行きかう雑踏を眺めながら、ゲオルグは傍らの少女に命令した。

 彼らが数日前に辿り着いたその〝セクタ〟は、非常に規模の大きいものであり、珍しいほどの活気に満ちていた。

 比較的秩序立てられた建造物が、地上部には所狭しと並んでおり、いくつもの種類の露店が軒を連ねている。

 物々交換……或いは情報の取引によって経済が回っていた。

 ゲオルグが調べた限りでは、おおよそ〝島〟が生成しえる物のほとんどは取り扱われており、同時に前時代の遺物などが流通することもあるようだった。

 たとえば──


「ほいさ。待たせたねぇ、あんちゃん」


 ゲオルグたちが腰掛けていた配管の奥から、のっそりとその人物は現れた。

 ずんぐりとした体型に、短く刈りそろえられた髪の男。

 鼻先が少し赤く、唇は不健康な様子でかさついている。

 眼は団栗ドングリのようだった。

 彼は大きな荷物──金属製の箱を、肩の上に載せていたが、


「よっこらせ」


 と、掛け声をあげるのと同時に、それをゲオルグの横へと置いた。

 どすんと、重々しい音が響き渡る。

 男は、この場所に店を構える調達屋だった。

 彼は気さくな笑みを浮かべると、箱の上蓋を軽くたたいた。


「こいつが頼まれていた希少金属のインゴットに硝酸、水素、液体窒素に水銀、蒸留水と合成食料の束、高電圧放射線ダイヤモンド電池と、最優先だった情報流体もばっちり封入準備シーリングした。で、その他もろもろだ」

「ああ」


 太い笑みを浮かべる男性に、ゲオルグも実直なうなずきを返す。

 男の総身からは自信があふれており、ひとつひとつ注文の品を検分するゲオルグにしても、それは納得がいく仕事ぶりだった。

 特に情報流体の状態は素晴らしく、そのままであれば数か月先まで食事に困らないほどの価値があることは、走査しなくても明白だった。

 満足しつつ、しかし抜け目なく検品を続けるゲオルグ。

 だが、あるところまで進んだ彼の手は、ぴたりと止まってしまった。

 男性がどうしたのかと問いかけると、ゲオルグは「地図がない」と答えた。

 男が顔をしかめる。


「あー、そりゃあ用意できなかったんだよ」

「提示した情報の価値が足りなかったのか」

「いやいや、そんなことはねーよ。あんたがくれた戦争状態の〝島〟、そこの詳細な実測値データ。ありゃあ、十二分な価値があったさ。でもなぁ……」

「でも?」

「怒らないで、聞いてくれるかい?」


 弱ったような様子の男に、ゲオルグは首肯を返した。

 男はバリバリと、その整えられていない髪を掻き毟り、やがて重たそうに口をひらいた。


「実はなぁ……って、その眼はやめてくれ、怖い、本当怖いぞそれは」

「…………」


 生まれつきだとゲオルグは反駁はんばくしそうになったが、話の腰を折るわけにもいかず、黙って目を閉じた。

 無駄ないさかいを起こすよりも、これから調達屋の男性が口にする情報のほうが、遥かに有益であると判断したためだった。

 彼の実直さ、気さくさ、気前の良さは、この数日でゲオルグの信用を十分に勝ち取るだけの実績を示していたのである。

 ゲオルグの寛容な反応を見て、男はおっかなびっくりに口をひらく。


「えっと……ここに来るまでに、あんたらも見ただろう? この〝島〟の周囲は、地形の変化が激しいんだ。つーのも、開拓者ふぉーみゅらーって機械仕掛けの、でっかいオートマトンが稼働しているからなんだが……」


 見たことがあるかと問う男性に、ゲオルグは目をつむったまま首肯を返した。

 20メートル近い体躯と、無数の作業用アーム、マニピュレーター、それにほとんど無尽蔵な建造資材を内包した機械の巨人。

 それが、フォーミュラーと呼ばれるものだった。

 一説によれば、〝神樹木〟にも近しい物質生産能力を有するというそれは、たった1機存在するだけで数か月の間に地形を変えてしまう。

 〝エメト〟自体の派生ではないかと噂されるのも、開拓者があまりに能動的で、多機能、人知を超えた生産能力を有するためだった。

 もし彼らの建造を邪魔すれば、人間などひとたまりもなく圧殺される。

 なにもしなくとも、近くを通っただけで踏みつぶされることさえある。

 理不尽な災厄。

 旅人にとっては、厄介極まりない存在だ。


「でだ、その開拓者が、この〝島〟の周囲には常に6体いる。そいつらがひっきりなしに地形を変えちまうから、おかげで地図は役立たずでな……一流の計測屋も商売あがったりなのさ」

「なるほど」


 ゲオルグは頷いた。

 興味深い情報だったからだ。

 6体もの開拓者が一堂に集う〝島〟など、そうそう聞くものではない。

 あるいはなんらかの理由があって、それは集中しているのかもしれなかった。


(その理由が、俺たちが求めるものだとしたら……一考の余地はある)


 思考に没頭するゲオルグのとなりで、ツェオが大きなをした。

 現実に引き戻されたゲオルグは、退屈そうな彼女の、その頭から滑り落ちそうになったフードを元に戻してやりながら、調達屋の男にさらなる質問を投げつける。

 というよりも、それこそが本題だったのである。


「ならば、頼んでいた調べものはどうだった」

「星の雫ってやつか」

「ああ」

「なぁ……そんなもん本当にあんのか? かなりの深度まで調べたけどよ、なにひとつそれらしい情報はなかったぞ……あんたらいったい、なんでそれを求めるんだ?」

「…………」

「言えないか……じゃあ、ちょっと言い方を変える。えっと、これは深い意味ではないんだが……」


 男の丸い瞳が困惑するように細められた。

 ゲオルグが壁に立てかけた、棺桶型複合調律解析機を見てのことだった。

 男性は、どこか怯えるような調子で尋ねた。


「そんなもん担いで、なにをしてんだ?」


 真っ直ぐな問いかけに、ゲオルグは正直に答えた。


「旅だ。探し物の、旅だ」

「そっちのお嬢ちゃんを連れてか? その探しモンが星の雫とやらなのか? なんでそんなもんを必要とする?」

「……彼女のための旅だ。求めるのは必要だからだ」


 ツェオの髪を一房掴み、親指の腹でなでながら、呟くようにゲオルグはそう口にした。はぐらかすようになったのは、意図したことではなかった。

 ツェオはされるがままで、しかし僅かに、その眼が細められている。

 ゲオルグが顔を上げると、調達屋の男は困惑した表情でツェオを見詰めていた。


「こんな時代だからよぉ、上客は大事にするさ。でも……いや、こいつはそうだな……独り言、みたいなもんなんだが……

「…………」


 男の言葉に、いつでも動けるよう、ゲオルグは体重の掛け方を変えた。

 それに気が付いた様子もなく、男は語り続ける。

 それは、ごくごく一般的な、ネクロマンサーについての意見だった。


「死体を手足にするなんて、異常者のすることだぜ」

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