序幕 その死に絶えた〝島〟で

屍人兵 ‐ネクロイド‐

「──星の雫ティア・ドロップを知っているか」


 厚く垂れ込めた曇天の下、銃火が瞬く。

 弾体加速装置ハンド・ガンのマズルフラッシュだ。

 巨大な棺桶を担ぐ、牧師服の男。

 片眼鏡モノクルをかけた彼が撃ち抜いたのは、土気色の顔色の男だった。

 首筋に手のひらほどもある赤色のアンプルが差し込まれた男──

 それは、尋常な存在ではなかった。

 生者ですらなかった。

 屍人兵ネクロイド

 牧師服の男の前に、数十体のネクロイドが立ちはだかる。


「────!」


 屍人の軍勢が、おぞましい咆哮を上げた。

 殺到するネクロイドを見据え、赤い──珪素と重金属に汚染された赤い大地へと、牧師服の男──ゲオルグは、棺桶を降ろす。

 その横を小柄な影が、一陣の風となって駆け抜ける。


「ツェオ──俺が3体。残りは、おまえだ」

了解です ヤー ──私の主人マイスター


 すっぽりと頭まで外套をかぶった影──ツェオと呼ばれた少女は、その矮躯を風のように翻した。

 ゲオルグが、少女へと命じた。


「第一幕から、第二幕までの開帳を承認」

了解しました ヤー 私の主マイスター。〝戯曲・孔雀石の小箱パーヴェル・バージョフ〟──汝が命は、約定をたがえ散り逝くもの」


 暴風。

 或いは波涛はとう

 しからば暴力。

 それは、どんなものよりも雄弁な力の行使であり、美しき舞踏であった。

 弾かれたように動き出したツェオは、殺到する屍たちの首を、次々と切り落としていく。

 ときにその腹を砕き。

 ときにその足を圧し折り。

 意にも介さず進軍するもの言う骸たちを。

 二度と口が利けぬように殺戮する。

 その戦闘姿勢バトルスタイルの名は唯一、絢爛たる舞踏モータル・バレエ

 優美にして苛烈なる動きとともに、外套は幾度となくひるがえった。

 覗くのは、幼い肢体。

 少女といって間違いのない肢体。

 かんばせは可憐で、唇は薄く。

 眠たげに閉じられた瞳の色は、終末のように混沌として、赤と青が渦動らせんを描く。

 対する髪は、星のきらめきにも似て、しかし、その肌色はひどく青白い。

 なによりもネクロイドたちを絶命させる、暴力の具現たるその四肢は、すべてが禍々しい金属の塊であった。

 にぶく輝くそれは、酸化被膜によって虹色に発色し、積層する結晶構造によって五指のようにも見える。

 二の腕、そして膝までが、異形の金属塊なのだ。

 その暴威が、なんの容赦もなくネクロイドたちを蹂躙する。

 瞬く間に屍人たちは数を減らしていく。

 数多のネクロイドが斬首刑に処されたとき、それは起きた。

 はたして屍人兵たちに、思考と呼べるものが存在したのか。

 彼らは恐ろしき少女に立ち向かうことを辞めると、ふたたび片眼鏡の男を標的としたのである。

 だが、右手の金属塊を刃のように伸長させたツェオは、首切り役人となって、たちまち屍人たちを本来の姿に変えていく。

 死者の手は、牧師じみた男には届かない。

 ゲオルグが、引き金を引きつつ、呻くように言った。


「ツェオ。あまり血肉を使うな。慧可えか珪素置換症けいそちかんしょうが早まる」

「ヤー、肉体変性を自重します」


 機械的に、どこまでも無感動に、少女は言葉を紡ぐ。

 ネクロイドたちは増え続けている。

 いつの間にか、その数は100を超えていた。


「──星の雫を知っているか」


 屍人を駆動させる指示式めいれいと、その動力たる情報流体レムルエリクサが、アンプルには封入されている。

 いわば、心臓と脳髄が同じ場所にあるのだ。

 自らに迫る屍人──その急所ウィークポイントである頸椎のアンプルを手早く撃ち抜きながら、ゲオルグは再び問うていた。

 その鷹のように鋭い、鬼火が燃える瞳の先に、怯えた表情を見せる〝もの〟がいた。

 身を縮こまらせて、顔を蒼ざめさせる男。

 そう、その男の顔は、青ざめるだけの血色があったのだ。

 ゲオルグは、弾切れの弾体射出装置を投げ捨てると、その左手で棺桶を殴りつける。

 棺桶の上蓋が一部、発条仕掛けのように開き、新たな弾体射出装置が飛び出した。

 空中でそれを掴んだゲオルグは、その青ざめた男──屍人使いネクロマンサーへと射出口を向け、決断を迫った。


「選べ、ネクロマンサー。答えて死ぬか、答えずに死ぬか──だ」

「くっ」


 その男は。

 人類の生存がゆるされる限られた領域、その〝セクタ〟を掌握し、屍人の群れを放った人外の技術者、ネクロマンサーは。


「なんだ、おまえたちは──」


 ツェオとゲオルグに血走らせた目を向け、恐怖のままに問うていた。


「私の手足シビトたちを破壊する……その女は、なんなのだ!?」


 問われ、ゲオルグは答える。


「知れたことだ」


 口元を皮肉気に歪め、彼は、こう告げた。


「彼女はツェオ。俺の従僕。俺を唯一ゆるさない女。俺の無垢なる乙女グレートヒェン──」


 引き金トリガーに指をかけ、彼は答えた。


「俺の──ネクロイドだ」


 刹那、乾いた銃声が二発、響いた。

 また一陣の風が吹く。

 ツェオの身体を包む外套が、度重なる苛烈な動きと、風によって吹き飛ばされる。

 風にのびる、恐ろしいほど長い銀髪。

 その首筋には、首輪のような厳めしい機械の塊──星の上に芽生える大樹を模した刻印が、煌々と輝いている。

 そして脊髄には、黄金色の情報流体が充填された、制御アンプルが突き立っているのだった。

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