密事は白薔薇の下で眠る。
篁 あれん
第1話 形影相弔う
圧倒的に不変である事の尊さを思い知らされた。
友達と喧嘩し、下らない事で笑い合い、親に小言を言われ、与えられ、失せ物をし、恋をして、失恋し、失敗と成功を繰り返しながら日常は茶飯事を遂行し、きっとそれは誰かの幸福の形である事を、当事者ではない誰かが知っていたりする。
当事者には
自分も似たような形をしている事には気付かないまま。
その形に奥行があり、死角があり、見えていない部分に粘度の高い漆黒の闇がベッタリとこびり付き
あぁ、だからって俺は小賢しい事並べて悲劇のヒーローやりたい訳じゃない。
何が言いたいかって、そりゃアレだ。
覆水は盆に返らない。後の祭り、後悔も書いて字の如く先には立たない。
事実は虚構を凌駕する。つまりは、一寸先は闇って事だ。
不憫な事に一度滲みついたソレは洗っても落ちる様な代物じゃ無いのが道理。
美しい花が咲いていても、根まで健やかかどうかは分からないのと一緒で、掘り返してみなけりゃ真実なんてものは見えて来ねぇって話な訳だ。
好きな女は一度も抱いた事が無い。
その俺が女の抱き方を覚えたのはいつだっただろう。
忘れたくても忘れられないあの日を、彼女は今も彷徨っていると言うのに。
当たり前が壊れるのは、ほんの一瞬だ――。
十三年前の六月二十九日。
その日は、大雨洪水警報が出る程の豪雨が朝から降り続いていた。
地を叩く雨の音で人の声すら掻き消される程の大雨と、宵闇の入口の様な空が街を暗く暗転させ、非業の怒りを叫ぶ獣の如く雷鳴が轟いていた。
そんな日に、とある民家で一人の男が殺される。
男性の名は
死因は失血死。滅多刺しにされたその遺体には防御創とみられる傷は一つも付いておらず、遺体が切断されいくつか持ち去られていた。
犯行に使われた凶器は医療用のメスと小型の鉈。
遺体の切断部から犯人は右利きと想定され、手際の良さから医療関係者に的を絞られ、持ち去られた遺体の一部や状況証拠から女であると想定された。
現場の器物破損も見られず、犯行時、自宅にいたとされる双子の兄と妹も雷鳴轟く豪雨の音のせいで自宅で起きた事に全く気付いて無かった。
死亡推定時刻は午後二時から三時の間。発見されたのは死後三時間程経過した午後五時半過ぎ。
第一発見者は当時七歳の箱田百、被害者の娘であり三人兄妹の末妹である。
五つ年上の双子の兄はその妹の絶叫を聞いて、駆け付けている。
そして彼らの前に横たわっていた赤い肉の塊は、半窓に沿うベッドの上で開け放たれた窓から降り込む豪雨と暴風に曝されていた。
眠る様に横たわっていた彼の遺体。
玄関の鍵が開いていた事から犯人は顔見知りで、玄関から入ったと推測されたが、逃走経路は不明。箱田家の鍵を持っていたか、被害者本人に迎え入れられたものとされた。
豪雨の影響もあり、目撃情報は皆無。
残されていたであろう自宅周辺のゲソ痕は綺麗に流され、室内にも遺伝子鑑定出来る物は何一つ残されていなかった。
犯行の残虐さから警察による報道規制が厳しく布かれ、殆どの情報は開示されないまま証拠の揃わない捜査が暗礁に乗り上げ、警察は搖動作戦に出る。
第一発見者の箱田百が事件の一部始終を目撃していた可能性がある、と言う情報をマスコミに発表したのだ。目撃していた、と断言出来なかったのは彼女がその時の記憶を完全に喪失していたからだ。
警察の狙いは犯行を見られたと知った犯人が新たな動きを見せると仮定し、その尻尾を掴む事だった。
だが結局、幼い被害者の娘を囮に使い危険に曝したと言うのに、その成果は一つも得られず、彼女の記憶も戻らないまま、十三年と言う時が過ぎた。
日常、安寧、
俺、
彼女を取り返せるなら、正義も常識も倫理もクソ食らえだ。
俺は、それが「幸せ」の形だと知っている。
俺は、正解を知っている。
だから誰かのせいで壊れたそれを、壊されたと悲観して手放したりはしない。
俺がこの手で作り直す。
だって、最後の一欠片まで余す事無くそれを遂行する事が、彼女を取り戻す絶対条件だからだ。
ぶっちゃけ、それ以外の方法が俺には分からないだけだが。
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