ジョドプール 3 恋の行方は化学式のように
「一緒にやる?」
僕の口説き文句は彼女に届く前にインド少年達の掛け声にかき消された。
後ろから4人の中学生が駆け寄ってきて、我々の周りを取り囲む。
「旅行者? どこから来たの? どこ行くの?」元気いっぱいに捲し立ててくる。
日本人とフランス人のペアに4人のインド中坊が加わると、まるで化学式のように僕と2人の中坊、彼女と2人の中坊に別れてしまった。
おい! 貴様ら邪魔だ! 僕はひきつった笑顔で中坊軍団を呪った。折角逆転のチャンスが訪れたというのに。彼女の方を見ると、二人の中坊に質問責めされているが意外にも楽しそうに受け答えをしている。まあこの場はいいか。俺の馬鹿さ加減を晒す時間が少なくなったと考えよう。ドラッグ作戦はしばし延期だ。とオプティミストすがおは結論する。
僕は中坊達ともうまく会話ができず、僕側の二人は会話が弾んでいるフランス組を見て、失敗した、向うに行けば良かった、こいつはつまんねえという顔をしている。
そんな状況で、6人の御一行がブルーシティを闊歩していると新たな登場人物が現れた。
「おにいちゃん! 何してるの」
どうも僕サイドにいた中坊の弟らしい。10歳くらいの小学生だ。ヒンディーで一言二言兄と会話すると日本組に加わって積極的に僕に話かけてくる。
その少年は好奇心旺盛で日本のことをいろいろ尋ねてくる(これまでのインド人はインド国内でどこを訪れたのかとか何したかに興味の比重があったように思える。日本の文化的なことに関して一番質問を受けたのはこの少年だった)少し話しただけで、ああこの少年は賢いなと思った。ここではたと気付く。この少年と僕の英語力が丁度同じくらいなのだ。英語での意思の疎通がかつてないほどにできている。情けないと思いつつも僕も楽しんで少年と会話した。一つだけ覚えている話題があって、二人で清涼飲料水について話をした。当時のインドではペプシやチェリオみたいなジュースが屋台で陳列されていてその種類はどこの土地でも10種ほどだった。
「ねえ。日本にもペプシある?」
「あるよ。他にもいっぱいあるよ」
「どれくらいあるの?」
僕はコンビニを思い浮かべた。ブースの1段に10種×10列で100、ジュースで2枠分はあるから200、紙パックのコーナーにも同じくらいあるだろう。一つのコンビニで400種。まあその5倍はあるだろうな。
「うーん。たぶん2000種くらいかな」
少年は信じられないという顔つきで目をまん丸にして「トゥータウザン!」とオウム返ししてきた。(インド人はthの発音をタ行でします。だからThank youはタンキューです。僕がサンキューというと馬鹿にしたように「“サ”ンキューだってよ」とよく言い返された)
「本当だよ。嘘つかない」
「日本ってすごいんだね」少年は心から感心している様子だ。確かに10種対2000種を経済力の差と捉えれば、憧憬の意を示すのも無理はない。僕は日本人であることに少しだけ鼻が高くなった。
いつのまにか僕と少年二人だけで会話をしていて、4人の中坊はフランスギャルを囲んでいる。
いろいろと話す内にこれからどうするのかと聞かれたので彼女とランチだと答える。
「じゃあ、うちで食べなよ! ごちそうするよ! ねえおにいちゃん! いいでしょ?」とフランス組に移籍した兄に尋ねている。兄も来いというので僕はフランスギャルに聞いてみた。彼女も記念にいいかもと判断したのだろう。御馳走になることに同意した。
少年の父親は開業医なのだそうだ。ならば裕福な部類なのだろう。さすがに貧民層のお宅訪問には抵抗がる。
こうして、すがおとフランスギャルはインド人の民家を訪問することになった。
もうちょっとだけつづくんじゃ
※帰国してからちょっと気になっていたので清涼飲料水について大学の図書館で調べてみた。90年当時、約3千種ありそのうち千種は1年間の内に淘汰されて消え、新しい千種が増えると記載されてあった。僕のアバウトな計算はほぼ正しかったといえる。間違いを教えなくて良かった。
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