アジメール 警官とガンジャ
ジャイプルには3日ほど滞在した。もう1本くらい映画を見たかったが、何より僕には砂漠を見に行くという大きな目的がある。さらばピンクシティ、砂漠が俺を呼んでいる、名残惜しいが止めてくれるな。
さて次の目的地はアジメールである。今までで一番小さな町だ。インド人の顔つきも変わってほのぼのとしている。平和な田舎町というのが第一印象だ。リクシャーの数も目に見えて減った。緑が多く避暑地の趣を見せている。
小さな町なのでさほど観光スポットも少ない。観光局にもよらず、地球の歩き方を参考にして仏教寺院を見に行くことにする。町から5kmほどの距離なので歩いていくことにした。さして急いでいるわけでもないし、何より緑が多いので暑苦しさも感じない。中頃まで歩いただろうか、緑に囲まれた公園が見えてきた。入口に小さな白い建物がある。たぶん交番だ。交番の前に置かれたベンチに6人のおじさんたちが地蔵のように並んで座っている。一人が制服っぽい格好をしていたのでその人が警官なのだろう。おじさんの内一人が僕に向かっておーいと声を掛けてきた。僕は少し緊張した。インドの警官に関する話でいい話はあまり聞かない。職務質問と称してリュックを漁り、自分の持っていたガンジャでこいつが入っていたぞと脅して、貴重なもの(例、時計やウォークマン)やワイロを請求することがあると聞く。呼ばれて無視するわけにもいかないので僕はおじさん達の処へ向かった。おじさん達は少しずつ場所を詰めて僕の座るスペースを作ってくれた。一休みしていきなよと言われる。歩き疲れてもいたし、人の良いおじさん達の笑顔に釣られて座らせてもらうことにした。おじさん達が例によっていろいろと質問してくる。どこから来たのか、どこへ行くのか、インドにどれくらい居るか、今までどこの町に寄ったのか、等々。質問を矢継ぎ早にしてくるのではなく、おじさん達の会話に入れない僕を気遣ってぽつぽつと話かけてくる様子だ。おじさん達同志ではヒンディーで喋っている。「お前さとこの娘、今度小学校だべ。早いっぺなやー」とか「今度駅裏に新しい飲み屋が出来たっぺ。今度みんなでいぐが?」みたいな会話だと勝手に想像する。田舎なんだなあと僕は緊張感を溶きながら、おじさん達の会話に耳を傾けつつ一服した。
僕が煙草を出すと警官が「あ、そうだ。ちょっと待ってて」と言い残し、交番に消えた。ほどなくして戻り、これやるかと言いながらガンジャを取り出した。僕は再度緊張した。警官の意図が判らなかった。僕が吸ったとたんに豹変してワイロをせびる気だろうか? それならばそんな廻りくどくしなくても、僕のリュックを無理矢理荒らして見つけたふりをすればよい。もちろん僕は遠慮して断った。警官はガンジャに火をつけ、おじさん達の間で廻し飲みし始めた。ほんのりと甘い匂いが漂う。おじさんの一人が、気分が良くなるぞ、やってみ、と誘惑してくる。みんなの表情を見ていると他意はないように思える。ここは田舎だ、こんなこともあるのではないか?と考え始めてくる。だが待て、ハイになりたいのならホテルに戻って部屋でゆっくりハシシをキメればいい。危険な冒険をすることはない。僕は未経験で怖いからと説明し断った。臆病だなぁ、もったいない、という顔をして、おじさん達は笑いながら楽しそうにガンジャを燻らせていた。
僕は15分ほど休憩し、お礼を言ってそこを離れた。おじさん達は笑顔で手を振ってくれた。
※今でもこの時のことを思い出すとガンジャを吸っても良かったのではないかと考えてしまう。田舎のおじさん達が日本人旅行者を親切に、決して不躾でなく、歓迎してくれたのだ。それはとてもスマートな行為だったのだ。でももし吸った後で悪人に豹変したとしたら、僕はインド人不信どころか人間不信になっていただろう。さて僕の選択は正解だったのだろうか?
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