ジャイプル 2 映画を観に行く/エンターテイナーすがお、人気者になる。

 二日目にアンベール城とジャイガール要塞とシティパレスを観光する。アンベール城まではリクシャーで30分ほど。城下町からお城まで象のタクシーが出ている。これが観光の目玉らしく外国人だけでなくインド人の観光客もみな象さんにのって石畳の小道を登っていく。僕はアーグラでエレファントクルージングを既に満喫していたのでそのままリクシャーで城まで連れて行ってもらった。(本当の理由は節約です)象のタクシーを見ていると楽しそうでやっぱり利用すれば良かったと後悔する。象の上に乗っている観光客は優雅そうに景色を楽しんでいる。うらやましい。

アンベール城の内部はごちゃごちゃしていたという印象しかないが、テラスから見た城下は見晴らしが良く記憶に残っている。

 ジャイガール要塞はアンベール城の近くにありここも高台にある。一度も敵の手に落ちたことがないという。立派だ。

そこから旧市街にあるシティパレスに行く。マハラジャが今でも住んでいるらしい。中は博物館みたいになっている。


市街に戻ってある物が僕の心を揺さぶる。映画館である。ご存じかと思うがインドは世界で一番映画の製作本数や観客総数の多い国である。大学でシネマ研究会に籍を置く身(幽霊会員だったけど)としては避けて通るわけにはいかない。ポスター等を見比べ、なるべく筋が単純そうで一番流行っている映画に当たりをつける。といってもインド映画の9割は単純な筋である。どこかのマハラジャの息子が敵国の娘に一目ぼれしていろいろ困難や事件があって最後には結ばれるといった内容だ。ハッピーエンドなロミオとジュリエットである。設定や役者が違うだけでほとんど焼き直しのストーリーだ。だから年間千本以上も創れるのだろう。ポスターを眺めていると同じ俳優さんが2種類の映画の主役をしていることに気付く。僕の勝手な推測だがインド映画界では意外に主役級のスターは少ないのかもしれない。主役級が男女各10人、準主役級が男女各30人、その他大勢が各百万人、これを持ち回りで製作しているのでは?と考えてしまう。だからこそ主役級の俳優はスーパースターになるのだろう。

上映時間を調べると最終が19時ころのスタートだ。時間つぶしに近くの定食屋で夕飯をすます。


30分以上早めに上映館に行ったのに既に映画館の周りをインド人が並んでいる。それだけ人気のある映画だと思い安心する。市井の人々と一緒に並んでいると皆じろじろと僕の方を見てくる。「お前、ヒンディー解るのか?」と何回も聞かれるのでそのたび「解らないけどたぶん大丈夫、ノープロブレム」と答える。相手はそのたび首をかしげる。中には馴れ馴れしく俺が教えてやるといってくるやつもいるが遠慮する。上映中に話かけまくられてもたまらない。そうこうしているとインド人がものめずらしいそうに僕を取り囲む。日本のコインを持っているかと尋ねられたので(それまで出会う人一人に一枚はあげていた。じゃらじゃらと日本から持ってきた硬貨も既に半分くらいになっていた)僕はマジックでコインを消すから見つけられたらあげるよと言う。ちょうど近くに学校机みたいなものが一つ置いてあったのでそこでマジックを披露することにした。左肘をついて右手にコインを持つ。「この腕を見ててよ、このコインを腕の中に消しちゃうからね」マジシャンすがおはコインを左前腕部に擦りつける。1回目はわざとコインを下に落とす。「オー ミステイク」インド人は笑っている。二回目もわざと落とす。「また失敗」インド人はまた笑う。中には心配そうな顔をしている人もいる。三回目、それまでよりもゆっくりと擦りつけ、そっと右手を開きながらコインが消えてしまったのを見せつける。「オー!」「すげー」「どうやったの?」歓声と拍手に包みこまれる。インド人もびっくりだ。小学生の甥っ子姪っ子に見せた時以上に喜ぶリアクションをしてくれた。マジシャン冥利につきるってものだ。当然ながら今度は出してくれとせがまれる。実は出す方が難しい。ネタがだいたいばれてしまう。「ワンスモア」のリクエストに応じて、再度コインを消す。「見つけた!」僕の左側に居た人が最初にコインの在り処を見つけてしまう。コインは見つかったが、どのようにして隠したのかはわからないらしい。タネは教えなかった。僕がマジックショーを終えると一人のインド人が俺もできるぞとハンカチとマッチ棒を使ったマジックを見せてくれた。タネがばればれだったけれど僕は大人なので驚いたふりをしてあげた。

そんなふうに開演までの時間を人気者として過ごした。うん。ジャイプル気にいった。


インド映画の特徴の一つは上映時間の長さである。だいたい3時間が普通だ。そしてミュージカルでもないのだが、15分に1回くらい登場人物達が歌って踊るシーンがある。とても陽気な娯楽作品だ。

僕が観た映画も単純な娯楽作品で会話はさっぱりだけど、どんな状況かは掴めた。笑いを取るシーンもドリフレベルなので安心して楽しめる。僕が笑うと隣のインド人がまたお前ヒンディー解るのかと聞いてくる。無声映画だってもう少し筋が複雑だぞ、これくらい理解できるわ。歌のシーンもストーリーの有るプロモーションビデオを見ているようで面白い。映画を観終えてホテルに戻ったのは23時過ぎだった。

その日はインド人と触れあった充実した1日だった。


※ネットで調べて知ったのだが、ジャイプルにはギャングが居て、夜間に観光客が出歩くのは危険なのだそうだ。ギャングに遭遇しなかったのは運が良かったのかもしれない。


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