デリー 3 インド乞食事情/耳かきおじさん登場

人の良いすがお&鈴木もさすがに3日目になると簡単には引っかからない。近寄ってくるインド人は基本的に無視する。地球の歩き方にはぼられる場合があるから注意してねなどと本の隅に申し訳程度に記載してあったが不親切この上ない。むしろぼられる場合しかないのである。帰ったら抗議の文書を送りつけてやろうかなどと考える。

 鈴木と相談してとりあえず昨日のイスラム寺院をもう一度見に行こうということになった。地図で調べると歩いても30分くらいの距離なので徒歩で向かう。比較的大きな道路(片側1車線)にでるとリクシャーが何十台と走っている。そして同じくらいの数だけ道端に止まっている。何度も乗車を誘われるが断る。道路沿いには闇市場以上にぼろい屋根だけの店が10メートル毎に構えている。食べ物の屋台が多い。床屋もある。丸椅子に座る客を外でちゃきちゃきと散髪している。さすがに火を使ってカットする人は見なかった。そして10メートルに二人くらいの割合で乞食がいる。


 インドには3種類の乞食がいる。リアル乞食とプロ乞食とセイント乞食である。(たった今僕が名付けました。笑われますので大きな顔して人に言わないこと)

 リアル乞食とは、失職したとか、事故や病気で体に不具があったりだとか、カーストの最下層にいるので職につけないといった理由で止むを得ず乞食になる人である。彼達はやはりどこか卑屈な態度が滲み出ていて恵んでもらえれば「すんませんな。えへへ」と言っているような気がする。いわゆる普通にイメージする乞食である。

 プロ乞食とはその名の通り職業として乞食をするものである。職業にするにはどうすれば良いか、そう無理やり体を不具にするのである。片足を切断したり、腕を切断したり、失明したりして人々の同情を誘うのである。スラムドッグミリオネアでマフィアが家出少年を無理やり失明させて唄歌いにしたてるように。何十人何百人の乞食を見慣れてくるとリアル乞食とプロ乞食を見分けることができるようになる。不具合部分の無理矢理加減が目につくのだ。彼達を見ているとやはり痛々しくて暗い気持ちになる。そして心苦しいことにプロ乞食は子供比率が高い。悪い大人に無理矢理不具にされ、さらに生存率がとても低いのではないかと推測する。(重たい話になってしまった。インドも経済発展めざましい国の一つであるので、改善してくれることを切に願う)

 そして最後がセイント乞食である。いわゆるサドゥーのことだ。彼達はヒンドゥー教出家苦行者と一般的に説明される。ヒンドゥーでは人生のサイクルとして四住期という考え方があるそうだ。

1.学生期-師のもとでヴェーダを学ぶ時期

2.家住期-家庭にあって子をもうけ一家の祭式を主宰する時期

3.林棲期-森林に隠棲して修行する時期

4.遊行期-一定の住所をもたず乞食遊行する時期

 普通の人は2までで3・4が出家者ということなのであろう。木の上でうん十年も暮している強者もいるそうだ。4も厳密には町には3日村には1日しか滞在してはいけないなどの定義があるという。ただし実際には好き勝手にサドゥーをやっているという趣で、脱サラしてなる人などもいるらしい。皆それぞれの苦行に挑戦している。髪や髭や爪を切らないといった安易な修業や片足でずっと立つ(ただし人が見ている間だけ)とかヨガのポーズをしている人がいる。中には写真を撮らせて金を取るサドゥーもいる。なんだが「どうじゃ? わしすごいじゃろ?」と言っているようで微笑ましくもある。やっていることは代々木公園でおひねりを貰うパフォーマーと変わらない。態度も堂々としている。そして人々から概ね尊敬されている。


 そんな風に数十人の乞食の横を通り過ぎて(施しはしない。何しろ乞食がたくさんいるのであげづらい)イスラム寺院に到着。立派な建物ではあるが、印象には残っていない。やっぱりヒンドゥーの方がファンタジックでチャーミングだ。


 歩くのも疲れたので小さな公園(みたいな場所)で一服することにする。日本から数箱セブンスターを持って行ったのでこの時点ではまだ残っていた。

 煙草屋はどこにでもあって探すのに苦労はしない。だいたい一町に10~20種くらいの煙草が流通している。町毎で多少違うが全国共通の煙草が5種類くらいある。洋モクはラークとマルボロがあるが50ルピーくらいした(日本円で300円、当時日本で220円か250円だったと思う。高くて手が出せない)ビディというインドで有名な安くて細い紙巻き煙草があるが、吸いづらいので1度しか買わなかった。全国どこでも手に入る煙草でショートピースに似たやつがあったので途中からずっとそれを購入していた。たしか10本入り5ルピーくらいだったと思う。

 さて二人で地べたに座りながら紫煙を燻らせていると、地平線の向こうから頬笑みレベルをマックスにした60歳くらいのおじさんが近づいてくる。頭の中で警告音が鳴り響いたが、乞食一歩手前の風体でニヤニヤというよりもニャハハという笑顔なので警戒心を少し解く。「日本の煙草かい? いいねえ、おじさんに1本恵んでよ」とどこか憎めない口調で話し掛けてきた。

 片言の会話の後、おじさんは「耳かきしない? 気持ちいいよ」と営業活動を始めた。耳かきおじさんは地球の歩き方にも載っている有名人である。鈴木にアピールしていたので僕は「記念にやってもらいなよ」とけしかけた。鈴木はハウマッチと訊ねるが例のごとく「ノープロブレム。チープ。チープ」である。まあ耳かきごときいくらもしないであろうと判断し鈴木は依頼する。気持ちよさそうだ。耳アカもたくさんとれている。片耳5分ずつほど掃除してもらったあと、改めて値段を聞くと悪びれも無く「100ドル」と宣いやがった。二人で怒るとびびったのか「冗談冗談100ルピーじゃ」という。それでも高いとごねて結局50ルピーにしてもらう。50ルピーでも高いような気もするが、おじさんのおかげで交渉することの大事さを教えて貰った。思い出にもなったし、その後のインド生活を送る上で貴重な体験だったと言える。


※聞いた話だが5ルピーくらいでやってもらった人もいたらしい。伝聞なので定かではないけれど。耳かきおじさんも生きていれば80歳くらい。まだ現役バリバリなのであろうか? それとも弟子に任せて隠居か? 野たれ死んでいないことを祈ろう。

 それと耳かき喫茶の発案者は耳かきおじさんをヒントにしたに違いない。デリーに足を向けて寝れないね。

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