【峰雲】

 関越自動車道を北上し、群馬県の沼田市にあるインターで下り、さらにそこから走らせること数十分。長閑な農村地帯が続いた先に、大きな大きな道の駅が現れる。その名は『川場田園プラザ』。関東ばかりでなく、国内でも常に「行きたい道の駅」の上位を獲っている。地元の農家さんが育てた野菜の直売所はもちろん、自家製のピザにパンに蕎麦にビールにアイスなどなど。一日まるごと楽しめる、遊べる食べれる道の駅だ。


 暑いことに変わりはないのだが、東京の熱気と比べると、やはりどこか独特の爽やかさがある。吹いてる風の質が違うようにも思える。空が広いせいか、反響する障害物が無いせいか、蝉の鳴き声にストレスを感じることも無い。そこら中で飛び回っている蜻蛉ですら、なんとなく雄大で優雅だ。


 緑豊かな山々に目を向けてみた。その奥には入道雲。

 あの辺りでは雨が降っているのだろうか? 澄んだ青空が広がっている田園プラザには無い雲が、もくもくと山を覆いつくそうとしていた。これもまた、夏の風物詩と言えよう。


 ふと、遠くから汽笛の音が聞こえた。昔のSLっぽいやつ。

 しかし、ここは山の中。沼田市まで下りれば上越線もあるが、この辺りに鉄道が走っているという話は聞いたことが無い。しかし、はっきりと汽笛の音が聞こえた。辺りを見回しても、それらしい存在を仄めかすものは無かった。

 聞こえた方角は北の方からだった。田園プラザの喧騒を抜け、少し離れの駐車場の方へと行ってみた。途中、駐車場へと渡る横断歩道の真ん中で北の方を見やると、何やら黒いものがゆっくりと動いていた。もう一度、汽笛が鳴った。



 ――「峰雲や遠くで汽笛吹鳴す」



 季語は「峰雲」。入道雲や積乱雲という言葉でも使われるが、この手の季語で一番目にするのは「雲の峰」だろう。聳え立つ山々のようにわき立つ雲で、ゲリラ豪雨を引き寄せる雲でもある。夏の代名詞だ。

 季語は「雲の峰」にしようとも思ったが、呼びかけの「や」を入れて季語を強調してみたかったので四文字の季語を採用した。汽笛と言えば蒸気機関車、入道雲みたいな煙を吐き出すイメージも重ねて詠んでみた……と言ったら、やり過ぎだと指摘を受けそうだ(笑)


 田園プラザから北へ車を走らせ数分のところに、とても手入れの行き届いたホテルがあった。名は「ホテルSL」(現在は「ホテル田園プラザ」に改名)という。

 その脇には「ほたか高原駅」という看板と駅舎のような建物があり、中を抜けると数百メートルの短い直線を往復運転するSLが現れる。元々は北海道で走っていたものを、引退後にここへ持ってきたようだ。宿泊客じゃなくても乗車体験は可能で、乗車する人が少なければ運転席にも座らせてくれる。

 この日は八十を超えた義母も一緒だった。SLの車体を間近に見て感動し、満州で過ごしていた頃の思い出を語りだした。SLと満州が、彼女にどう結びついていたのかはいまいち理解できなかったけど、あんなに気分が高揚した義母を見たのは初めてだった。

 義母の話しを一緒に聞いていた運転手さんが「汽笛を鳴らしてみますか?」と粋な計らいをしてくれた。半ば震える手で汽笛を鳴らす義母の目には、例えようのないノスタルジーで溢れていた。


 ――ばぁば……汽笛、鳴らし過ぎだってばよぅ!――。

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