冒険者としての彼ら

 回収したアックスビークの嘴は十数頭分に上る。群れを殲滅することはできなかったので、これでは少々足りないだろうか──そんな不安は幸いにして杞憂に終わった。


「この人数だと精々追い払うくらいだと思っていたけれど、こんなにしっかり狩りをこなしてくるなんて!」


 思った以上に強いのね、貴方たち。とは受付の女性──確か名はサニーという──の言葉だ。うんうんと自慢げに頷くヴィルヘルムとしても想像以上であったらしい。念のため数頭は逃がしてしまったことを伝えたとはいえ、若干六名という人数にしては上々以上の結果だと興奮気味に返された。こうして『へスぺリス』の面々改め、冒険者パーティ『黄昏の杖』は期待のルーキーへと名を連ねることとなったのである。



 さて、冒険者として華々しいデビューを飾った『黄昏の杖』だが、その後と言えばそう目立つ動きをすることはない。飽く迄も堅実に依頼をこなしていくのが最優先で、時折受注が滞る依頼があればそれを片付けるといった調子でおおよそひと月を過ごしていった。

 「地道な仕事が一番よ」と言うヴィルヘルムの言葉の通り、実際このスタイルはかなり高評価らしい。下地をしっかりと組み上げていき、無理のない範囲で高難易度の依頼をこなしていくスタイルは、組合や他のパーティからの信用を着実に稼いでいっている。最近では複数パーティでの狩りなどでも声がかかる様になっているのもその一つの成果だろう。或いは、生来の軍人気質か複数パーティでも和を乱す事をせず、報酬なども依頼を受けた当初の予定通りの分配で文句を言わないのもあるだろう──とは、俗慣れしたヴィルヘルムの考えだが、これは口には出さずともいいだろう。

 いつの間にか指名での護衛依頼(といっても拠点にしている街から十三里強ほどの近場の街までの街道沿いの道行だが)なども受けるようになったあたり、すっかり冒険者として街に馴染んだと言えよう。現に、今日も今日とて眠りながら大通りを歩くリュシールを見て、同じ宿に部屋を借りている馴染みの冒険者が「おう、猫の姉ちゃん。相変わらず朝は死んでやがるなあ!」と豪快な声をかけている。おぼつかない足取りに不安になったデフロッテが半覚醒のリュシールを拾いに行ったのを確認しながら、ヴィクトリアは深く溜息を吐いた。


「どーした、オリア。辛気臭いぞ」

「いえ……聊か馴染みすぎな気がしまして……」


 ヴィルヘルムの言葉に、苦い笑いと共に言葉を返す。元より自由人連中とはいえ、なんの違和感も感じさせないのはどういう事なのだろうか。「馴染めないよりゃ全然いいだろ」と宣う元上官も含め、軍人なのだと言って何人が信じるのだろう。詰め所の書庫の中、あの大きな机に座った機密部の少女が赤い髪を揺らしながら「適材適所でしょう?」と笑ったような気がした。

 とはいえ今日も今日とて依頼をこなさねば話にもならない。路銀は幾らあっても困る事はないし、それもこまごまとした装備などに少しずつ溶けていくのだから、日銭程度でも稼がねば餓えるのは明日の己だ。そういう思考に陥る辺りヴィクトリアも十二分に染まっているのだが、それを突っ込むのは野暮という話だろう。

 さておき、組合の掲示板の前は今朝も賑やかだ。報酬は多いが危険な仕事にするか安全だが報酬も少ない仕事にするかで言い合いをするパーティもあれば、狙っていた依頼が見当たらないのか項垂れるパーティもある。日がな一日飽きもせず、様々な人間模様が繰り広げられる中で『黄昏の杖』はいつものように持ち回りでパーティメンバーの決めた依頼を受領する。


「今日はニィだったか?」

「あ、はい。昨日は少し大きな討伐に行きましたし、今日は近場の狩りにしようかと」


 モニールが手にした依頼はどうやら街道沿いのダイアウルフの討伐らしい。群れを成す凶暴な四足獣型の魔獣だが、依頼としては然程危険度は高くないだろう。群青の毛皮は質が良ければ高価で売れるのもあって、堅実で手堅い選択と言える。シスコンが「流石は俺の可愛いニィ!」と悶えていたが、身を捩る青年は猫のような娘から繰り出された一撃で地面に沈んだ。流れが手馴れて来たなあ、と遠い目をするデフロッテの姿は当然のように黙殺されたのはまあ、蛇足である。



 ダイアウルフの討伐そのものは実に順調に済んだ。今回はモニールとエドワールの活躍が大きい。毛皮に傷をつけないよう結界に閉じ込めて結界内の酸素濃度を弄るという狩り方は二人の器用さがあってこそだろう。皮を剥ぐリュシールとデフロッテを尻目に、ヴィクトリアは双子の頭を撫ぜた。「えっげつねえ」という元上官の呟きは無視である。リュシールも良く言う通り、「勝てば官軍」なのだから。

 毛皮は古い傷は目立つものの、概ね綺麗なものを剥ぐことが出来た。売ればそれなりの値にはなるだろうと息巻いて戻ってきた彼らを出迎えたサニーは、いつものような華やかな笑みを消して真剣な眼差しをしている。


「どうした、サニー?綺麗な顔が曇ってるぜ」

「茶化さないでくださいヴィリーさん!……我々の依頼に何か不備があったのだろうか?」


 いつもの調子で声をかけるヴィルヘルムを小突きながら、ヴィクトリアはサニーに声をかける。並ならぬ様子に困惑する『黄昏の杖』の面々を見返すとサニーは「いいえ、此方の依頼は問題ないわ」と首を横に振った。


「ならどうしたんだい、サニーちゃん」


 きょとん、と首を傾げるリュシールに苦笑を返しながら、サニーは重い口を開いた。


「『黄昏の杖』に指名依頼です。依頼主は──テンブルク魔法研究所」


 長く、難しい依頼になると思うわ、というサニーの言葉は一同の耳を素通りしていく。漸く、『ヘスペリス』としての任務が始まろうとしていた。

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