統括部上位部隊ホーライ第十小隊『ヘスペリス』

 殲滅戦は恙なく終了した。想定以上に被害も少なく、帰還の足取りは軽い。ヴィクトリアの持つ麻袋の中の首級に配下の一人は嫌な顔をしたが、上官に提出しなくてはならないので仕方ないと説けば諦めたように首を振って気のない返事を寄越した。序にリュシールは盗賊の死体から魔法具をいくつかくすねて来たらしく、合流早々にデフロッテに気付かれて叱りつけられていた。


「死体から泥棒とか猫さんもよくやりますよねぇ……」

「あれで研究畑の人間だからな、リュシィは」


 ミントアッシュの髪を揺らしぼやいた部下の一人の言葉に肩を竦める。うへぇ、と言わんばかりの顔をした彼女の言葉をもう一人の部下が深緑の瞳を細めながら引き継いだ。


「ニィは『死体から追いはぎする行為』の冒涜性を説いてるんですよ、隊長」

「それこそ今更だろう、エド。あの気儘な猫が死者の嘆きに屈するタマかい?」


 その言葉にエドと呼ばれた青年は引き攣った笑みを浮かべながら「それもそうですね……」と遠い目をした。



 エヴリアン皇国魔法師軍、統括部上位部隊『ホーライ』。この部隊は、旧い時代に異界から流れてきたという神話に伝わる『時を司る女神たち』の名を冠す12の小隊によって成り立つ。ただでさえ戦場において注目される皇国魔法師軍の中でもこの『ホーライ』に所属する者は畏怖と敬意を以てその名を語られる。何しろとっておきの選り抜き、戦場で華々しい活躍を見せる羨望の的。皇国魔法師軍に所属する多くの若者が『ホーライ』の何れかの小隊に配属される淡い夢を抱いている。

 それぞれに異なる戦闘技術を持つ各小隊の中で黄昏の女神の名を冠するこの第十小隊『ヘスペリス』は謂わば特殊遊撃小隊である。少ない人数で敵陣の真ん中に斬りこみ、中心で敵対勢力の混乱を引き起こす──言葉にすれば何のことはないが、実際に行動に移すとなるとその難易度の高さと言ったらない。敵陣に忍び込む為の隠密性、動き回るための機動力、最も効率的な行動をとる為の判断力、敵に囲まれた中で立ち回る戦闘能力。その何れが欠けても無駄死にするしかないこの小隊は戦場の華と呼んで過言でない『ホーライ』の各小隊の中でも唯一「犬死したくなければ避けるべき」と忌避され、「小隊」のひとつに数えられている──尤も、所属したいと思う者はそれ以前に厳しい人選で篩から落とされ、血の気が多い連中も喧嘩を売る前に周囲から窘められて思いとどまる者が殆どではあるが。

 その『ヘスペリス』を率いるのが『黄昏の賢者サージュ・クレプスキュル』ヴィクトリア=グレイユ=アメレールだ。灰銀の美しい髪は一つに束ねられて背中に零れ、青紫色の眼差しが眼鏡のレンズ越しに覗く涼しげな美女。その実、『ヘスペリス』の隊長に代々継がれる『黄昏』の号を与えられ、適性があるとはいえ、緻密なコントロールを必要とする光の魔法を自在に操る実力者であることは語るに及ばず、その名を自国内だけでなく敵国にも響かせている。

 彼女の部下もまた実力者と言って過言ではない。副隊長の『哲学する猫シャト・フィロゾフ』ことリュシール=シャト=フランシェは勿論、半ばリュシールの世話係と化しつつある青年、デフロッテ=ロジエ=オアナも高い身体能力とそれに伴う槍術・剣術、『身体強化魔法ミュスクルヴェ』と光属性の魔法を扱える戦士である。

 また、ニィ──モニール=イェンディゴ=ロシェは大人しく信心深い性格ながら魔法具の扱いに長け、隊員の使う魔法具の整備や伝心魔法の中継を担う他、発動に準備のかかる大規模な魔法や古の魔法を封じ込めた魔法具を数多く所有することから『静かな伝承トラディシオン・トランキル』の二つ名を持つ女性だ。そしてエド、エドワール=エムロード=ロシェはモニールの双子の兄で『華やかな物語イストワール・スプレンディド』の二つ名を持つ青年である。エドワールの任務時の主な仕事はモニールの補佐ではあるが、複数の魔法適性を持つ彼は陽動任務の際にはこれ以上なく活躍する。この双子もまたこの『ヘスペリス』に配属されるだけの実力と実績を持っているのだ。



 そんな小隊に所属する青年、エドワールの深緑の眼差しは、自身の後方で繰り広げられるやりとりに注がれている。それがすっかり日常と化しつつあるあたり、大概自分も毒されているのだろう。


(──のは、事実なのだけれど)


 彼の零した小さな溜息はデフロッテの怒声にまぎれて誰にも届いていない。長く続く説教は果たして届いているのか、お叱りを受けている猫の娘はどこ吹く風で大欠伸をしているのだからどうしようもない。

 ──『ホーライ』に属する者なら誰もが知っている、『ヘスペリス』のもう一つの評価がある。それは『』だ。

 説教を右から左に聞き流すリュシールの逃亡癖や気紛れっぷりを筆頭に、リュシールの世話係であるデフロッテは彼女の身に迫る危険や悪意に過剰反応し、エドワールの可愛い妹であるモニールは臆病な性質が災いし過剰な反撃で周辺施設を滅茶苦茶にしたこと数知れず──何れも隊長であるヴィクトリアのいう事には素直に従うことだけが救いだろうか。とはいえそのヴィクトリアも仕事以外の事については大概奇妙な行動を取る節があるのだが。

 全く以てどうしようもない、ともう一度深く溜息を吐き出した青年の背中は煤けている。尤も、エドワールも傍から見れば『どうしようもない妹馬鹿シスコン』なのだという事を彼だけが知らない。


「なに、偏屈変人が集まってもそれなりに連携が取れてちゃんと任務が達成できればいいのさ」


 エドワードの内心を知ってか知らずか、ヴィクトリアのからからという笑い声が街道の空に解けていった。

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