『哲学する猫』
魔法。それはこの世界において発達した一つの技術体系である。人間の──或いは全ての存在の魂を四次元上に構成するエーテルをマナに変換し、その構成式を組み直すことによって三次元、現実に事象として顕現・発生させるそれは、魔法研究の進んだ昨今では理論上、簡単な術ならば赤子にも発動が出来るよう調整がなされている。とはいえ、より高度な術を扱うにはエーテル変換、或いは構成式を組み直す才能が大きく関わってくるため、強力な術を扱える魔法師という存在は今尚貴重な存在だ。魔法社会発展のための研究においても、或いは国家の戦力としても。
中でもエヴリアン皇国の国家直属魔法師軍といえば、人々はその名に羨望と微かな畏怖を乗せてその功績を囁くだろう。曰く、一部隊で都市を一つ攻め滅ぼしたとか、一人で何十人もの敵兵を屠ったとか、見たこともないような魔法で一つの村を丸ごと守ったとか──まるで現実味の無い物語のようなそれらは、多少の誇張こそあれども確かな戦績として、国の管理する歴史書に正式に記録されたモノであることは間違いない。即ち、エヴリアン皇国の繁栄においてその存在を切り離す事の出来ない存在だ。
高度な魔法技術、研鑽を重ねられた魔法研究を成し遂げたそれは主に軍務として戦闘を担当する「統括部」、魔法研究を進めより技術の向上を目指す「研究部」、研究部の資料の管理や統括部の補佐を行う「機密部」の三部門に分けられ、それぞれが自身の分野にてその選ばれた才を発揮している。
更に統括部の中には上位部隊『ホーライ』という組織がある。これは合わせて12の小隊によって成り立ち、それぞれが時間帯を示す女神の名を冠しているが──それはまた別の機会に語るとして。
とかく貴族の子弟が所属する騎士団とは違い、純粋にその実力のみを考慮する……いわば一種のエリートたちと言って過言ではない軍部において、彼等が口々に「特殊」と語る名がある。或いはそれは感嘆であり、また呆れであり、羨望であり、しかして親愛でもあるのだという事を、誰もが知っている。
リュシール=シャト=フランシェ。癖の強い亜麻色の髪は肩ほどの長さ、月の光のような金色の目はアーモンド形に吊り上がり、くるくるとよく動く。身長はどちらかと言えば小柄で、その代わり身のこなしは軽い。まるで猫のようなこの娘こそがエヴリアン皇国国家直属魔法師軍第二准尉、『
リュシールについて、軍で尋ねれば大概の人間が「変人」という評価を述べるだろう。研究者としての熱意はあるが、それは全て徹底的に楽を求めるもの。術式の省略や簡略化においてその才は余すところなく発揮されているが、新規術式の開発などただ一つを除外すれば全くと言っていいほど存在しない。しかも術式の省略はできてもその多くがリュシール本人にしか操れないようなデタラメな配列になったりもするので、大概の場合彼女の研究は意味を成さない。
そんなこの娘を語るにおいて欠かせないのが、『
これを開発した当初の研究部の盛り上がりと言えばそれはもう、上へ下へのお祭り騒ぎであったという。何しろ今まで相手の術式に干渉する為の手段など無く、基本的に防壁を硬くする他に攻勢魔法への対抗手段など無かったのだ。「まあこれも天才の発想の勝利だね」とは、そのお祭り騒ぎについていけなかった当事者本人の言葉である。尤も、残念ながら件の魔法式は常人に扱うには術式の構成が複雑怪奇であったために、常用魔法として登録されることはなかったが、とにかくこの魔法によって彼女は統括部──『ホーライ』に目を付けられることになる。
幸いにして、彼女の気質は存外に戦闘向きだ。戦闘に出るまでは徹底的に面倒くさがるが、いざその場に放り込まれてしまえば獣もかくやと暴れまわる凶暴さを兼ね備えている。先も述べた、傍から見て何がなんだか分からないくらい省略された術式、とかく効率化された戦闘のスタイルといい、戦場に出しても問題のない実力だ。故に、彼女は研究部から統括部へとその所属を移すことになった。上官からの勅命──引き抜きということもあって、強い反発をすることもされることもなく、彼女は『ホーライ』の第十部隊……黄昏の女神の名を冠する『ヘスペリス』に配属されるに至る。
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