ラスボスとの死闘、そしてトワの泉
通路は行き止まりになっていた。壁に貼り紙がある。
――ここはラスボスの部屋。手強いよ。引き返した方がいいんじゃない?
ここまで来て引き返せるわけがない。オレは貼り紙を引っ叩くように手の平を押し付けた。途端にオレたち四人はボス部屋の中へと引き込まれた。
「ほほう、よくここまでたどり着いたな」
ボスは一つ目巨人のサイクロプスだ。これまでのモンスターと違って人語を解するようだ。
「みんな、最後の戦いだ。行くぜ!」
オレが雄叫びを上げると他の三人は一斉に死んだフリをする。当然オレも死んだフリだ。このまま寝転がっていればこのボス戦もすぐ終了する、はずだったのだが、
「おいおい、ボスに死んだフリなんか効くはずないだろう。甘いよ。コチョコチョ」
サイクロプスが学生男の腋をくすぐっている。
「うひゃ~、これは大誤算! 退散退散」
学生男は飛び起きるとそのまま姿を消してしまった。ヤル気がゼロになって迷宮から排除されたのだ。もちろん学生女の姿も消えている。
「くそ。戦うしかないのか」
オレは立ち上がって剣を抜いた。体力も気力もほとんど残っていないが、こいつを倒せば泉に到達できるのだ。死んだつもりで頑張るしかない。
「ホレホレ、どうしたどうした。そんな
ラスボスだけあって強い。まったくダメージが入らない。一方オレはどんどん体力を削られていく。ゼロになるのも時間の問題のようだ。
「ふっ、久しぶりの相手がこんなに弱いとはガッカリだな。そろそろ止めを刺してやるか」
サイクロプスが両手を振り上げた。万事休すだ。と、その時、一筋の閃光がサイクロプスの目を射抜いた。
「ぐわっ!」
両手で目を押さえるサイクロプス。一本の
「勇者様、今です。止めを!」
未亡人の声だ。オレは剣を両手で握り締めると、もがくサイクロプスの胸に向かって渾身の力で突進した。
「ぐわあああー!」
断末魔と共にサイクロプスの体は消滅した。勝った。遂に迷宮「
「君、その姿は」
「隠していてごめんなさい。私はくノ一。忍術を使う者。己の素性を隠し通すのが忍びの定め。その掟に従ってこれまで秘密にしていました」
「そうだったのか。いや、助かったよ、礼を言う。ありがとう」
「そんなことよりも早く泉に行きましょう。あなたと私の未来のために」
未亡人はすっかりオレを気に入ってくれたようだ。開いたボス部屋の扉を出て明るい通路を進むと、大きな広間の真ん中に泉が湧いている。その前で小さな妖精さんがオレたちを出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。こちらがトワの泉となります。二人でこの水に手を浸せば永遠が手に入ります」
「うむ、了解した。ところで永遠とはどのような永遠なのだ」
「えっ、それを知らずにここまで来たのですか。男女のペアしか受け付けない迷宮の奥にある永遠なのですよ。二人の愛を永遠に持続させる泉に決まっていますよ」
永遠の愛……予想とはかなり違う永遠だ。てっきり永遠の命とか永遠の富とか、そんなのを期待していたんだが。
まあいい。ここまで来て手ぶらで帰るのも癪だ。それに今のオレには生涯の伴侶となるべき相手もいる。永遠の愛をもらって帰るとするか。オレは未亡人の手を取ると泉の水面に自分の手を近付けた。が、急に未亡人がオレの手を振り解いた。
「ごめんなさい。あたし、永遠の愛なんて要らないわ」
予想外の未亡人の言葉に
「ど、どうして! さっき『胸が高鳴っていた』とか『考えてみたい』とか『あたしたちの未来のために』とか言っていたじゃないか」
「ええ、そうね。でも胸が高鳴ったり、臭いセリフを吐けたりできるのは独り身だからよ。相手を決めてしまったら、もうそんな体験できないじゃない。永遠の愛なんて真っ平御免よ」
「そ、そんな。じゃあここまで来て何の報酬もなく帰るっていうのかい」
「そうなるわね。お気の毒。じゃあね勇者さん。忍法、町帰還!」
未亡人は胸の前で印を結ぶと呪文を唱えた。
「待て、君が消えると俺も消えるんだ。今一度の再考を。頼む、頼むよ~、おねが……」
オレの言葉は途中で終わってしまった。未亡人が消えると共にオレも迷宮から排除されたからだ。こうしてオレの迷宮探検は虚しく終わりを告げた。
* * *
誰もいなくなったトワの泉の前では一人残された妖精さんがため息をついていた。
「あ~あ、あのペアも泉に手を浸さずに帰っちゃったか。まあ、わかるけどね。婚姻届けもハンコを押す段階で急に心変わりするってこと、よくあるみたいだし。この泉にやって来た全てのペアは泉に手を近付けると、急に考えが変わるんだ。そう、水面から15センチの位置。手がその距離まで接近すると誰もが心変わりをする。その結果、誰もこの泉の永遠を手に入れられない。不思議な距離だな、15センチ……」
勇者と15センチメンタルズの男女ン探検記(完)
勇者と15センチメンタルズの男女ン探検記 沢田和早 @123456789
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