第11センチ戦地から第15センチ戦地まで
立札の言葉は嘘ではなかった。迷宮の構造は同じだが敵の強さが格段に違う。第11センチ戦地で出現したのは人型モンスターのゴブリン。しかも多段湧きで、ひとつの集団を全滅させると再度別のモンスターが出現する。
戦士が二人残っていてくれて本当に助かった。僧侶に体力を回復してもらいながら、オレと戦士は剣を振るいまくって敵を全滅させた。第11センチ戦地クリアだ。
第12センチ戦地のガーゴイルは空を飛びながら攻撃してくるのでかなりてこずったが。これもなんとかクリア。しかし第13センチ戦地のアンデッド型モンスターには手を焼かされた。物理攻撃がほとんど効かないのだ。やむを得ず僧侶に浄化呪文を頼む。
「これを使うと私たち二人の精神力はゼロとなります。それでも構いませんか」
「剣では歯が立たないんだ。頼むよ」
二人の僧侶は頷くと呪文を詠唱する。スケルトンの形状をしたモンスターは灰となって消え去り、それと同時に二人の僧侶の姿も消えた。迷宮から排除されたのだ。
「さすがに僧侶だけあって二人は正真正銘のペアだったようだな」
などと感心している場合ではない。これからは体力回復薬を飲みながら戦わねばならない。それももう底を突きかけているのだ。
第14センチ戦地の敵は巨人族のアルゴスだ。数は少ないが体力と攻撃力は絶大である。オレと戦士は懸命に剣を振るったがまったく歯が立たない。
「すまん、もはや体力がゼロだ」
戦士男の声が聞こえた。そちらに目を遣ると既に戦士の姿はなかった。確かめるまでもなく戦士女も消えてしまっているだろう。残ったのは学生二人と未亡人。勝てる見込みがまったくない。
『それにしても学生みたいに戦闘力も防御力もない奴が、どうして今まで生き残っていられたんだ』
オレは部屋の中を見回した。学生二人と未亡人はうつ伏せになって床に転がっている。
「おい、そんな所で寝ていないで戦えよ」
「しっ。静かにしてください。これは冒険家最終奥義『死んだフリ』です」
「死んだフリ? なんだそりゃ」
「かの偉大なる冒険家であるボウ・ケンカの著書で読んだんですよ。死んだフリをしていればモンスターは戦うのをやめて姿を消すと。おじさんも試しにやってみてください」
まるで信用できない話だったが、オレも相当疲れていたので三人と同じく床に転がって死んだフリをしてみた。確かにアルゴスは攻撃を仕掛けて来ない。しばらく寝転がっているとモンスターの姿は消え、出口の扉が開いた。
「なんだよ、こんな便利なワザがあるなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ」
「いやあ、ボク自身も本当にモンスターが消えて扉が開くとは思っていなかったもんですから。でもこれでこの先は余裕でクリアできますね」
悪びれることなく笑顔で話す学生。役に立たないと思っていたが最後の最後で大変な手柄を立ててくれた。
第14センチ戦地をクリアしたオレたちは第15センチ戦地では最初から死んだフリを使う。ある一定の時間が経つとモンスターが消えて別モンスターが湧き、また消えてまた湧き、更に消えてまた湧いたまましばらく待っていると、そのモンスターも消えて出口の扉が開いた。
「最後の戦地は4段湧きか。だがそれも難なくクリアできた。君たちのおかげだ、ありがとう」
オレは二人の学生と固い握手をした。入り口で追い返さなくて正解だった。人は見かけに寄らないものだ。
第15センチ戦地をクリアしたオレたち四人。あとは通路の先にあるはずのトワの泉を目指して突き進むだけだ。学生も、隣を歩く未亡人もすっかり明るい表情になっている。心の距離を詰めるのは今だ。オレは未亡人に話し掛けた。
「オレたちの旅も間もなく終わる。君とここまで生き延びられたのは生まれる前から決まっていた運命のような気がするんだ。もしよかったら君のことを少し教えてくれないか」
「私のこと……ですか」
「ああ。何でもいい。例えば旦那のこと、とか」
旦那、という言葉を聞いた未亡人は少女のようにはにかんだ表情をすると、ポツリポツリと話し始めた。
死に別れた夫とは幼馴染だった。幼い頃から一緒になる約束をし婚礼を挙げる前日、夫は式に必要な品物を買うために王都を訪れた。そこで暴虐な王に捕らえられてしまった。運の悪いことに夫は刃渡り15.1センチのナイフを懐に隠していたのである。王都では刃渡り15センチを超える刃物は武器とみなされるため、凶器所持の罪で逮捕されたのだ。
夫は無実を訴えたが王は聞き入れてくれない。それならば明日の結婚式に出席するため三日間自由にしてくれ、結婚式が済めば必ず帰って来る。身代わりに親友を預けていくから頼む、と訴えたが、これも聞き入れてもらえず、結局処刑されてしまったのだ。誰かの小説で読んだような話である。
「夫とは式を挙げなかったものの籍を入れ、私は未亡人となりました。けれども今年でもう10年。そろそろ亡き夫の呪縛を解き放ち、新しい人生を踏み出す時かもしれませんね。正直に申し上げます。勇者様の隣を歩く私の胸はずっと高鳴り続けていたのです」
「おお、それでは泉で永遠を手に入れたあとは、このオレ、いやこの私と……」
「はい。考えてみたいと思います」
やったー! と心の中で歓声を上げるオレ。ここまで来た甲斐があったってもんだぜ。泉の永遠だけでなく生涯の伴侶まで手に入れられそうだ。オレは意気揚々と通路の奥へと突き進んだ。
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