第6センチ戦地から第10センチ戦地まで

 立札に書かれていた言葉は嘘ではなかった。広場を出た途端、迷宮「男女ダンジョン」はいきなり薄暗い洞窟へと変貌した。

 通路の壁面には点々と篝火が燃えているので、灯りがなくても歩くのに支障はないが、これまでとは全く違う不気味さが漂っている。


「部屋だ!」


 通路の角を曲がったところで大広間に出くわした。「第6センチ」と書かれている。ここが次の戦地のようだ。中に足を踏み入れると入り口の他には出口が一カ所あるだけ。その扉は閉じている。


「どうすれば開くんだ」


 オレが出口の扉に手を触れた瞬間、入り口の扉が閉まった。同時に部屋の中には数十匹のネズミが湧いた。問答無用で襲い掛かって来る。


「みんな、戦闘開始だ!」


 突然の敵出現に慌てることなくオレたち14人はネズミを倒す。動きが素早いネズミを剣で倒すのは容易ではない。魔法使いの範囲魔法と弓使いの爆裂矢が大いに役立ってくれた。

 ほどなく部屋の中のネズミが一掃されると、部屋の出口の扉が開いた。第6センチ戦地クリアだ。


「これまでは植物だったが、ここからは動物の化物のようだな。明らかに敵のレベルは上がっている。みんな、油断するなよ」


 再び薄暗い通路を進むオレたち。第7センチと書かれた大広間にたどり着く。前回と同じく出口の扉に触れると、今度は蛇の大群が出現した。


「いやあー、あたし、蛇、大嫌いなのおー!」


 魔法使い女は金切り声を上げると、狂ったように範囲魔法を撃ち始めた。狙いを定めずに連発するのでまるで当たらない。


「来ないでー、来ないでー!」

「おい、そんなに乱発すると魔力がなくなる。少し落ち着け」

「あっちへ行って。蛇なんか大嫌い!」


 まるで聞く耳を持たない魔法使い女は狂ったように魔法を撃ちまくる。これでは手の施しようがない。しばらくして魔法使い女の姿は消えてしまった。魔力がゼロになって迷宮から強制排除されたのだ。


「やれやれ、ここで魔法使いを二人失ったのは痛いな……あれ?」


 オレは首を傾げた。魔法使い女は消えたが魔法使い男は残っている。その代わり弓使い男の姿がない。


「ふっ、やはりそうだったのか」


 魔法使い男が軽蔑したような口調でつぶやいた。


「そうだったって、どういうことなんだよ。おまえたち恋人同士だったんだろう。どうしておまえが消えずに弓使い男が消えたんだよ」

「前から怪しいと思っていたんですよ。あの女、突然デートをすっぽかしたり、席を外して電話でこそこそ話をしたりしていましたからね」

「つまり魔法使い女は二股を掛けていたと?」

「そう。そして本命は私ではなく弓使い男だったのです。この迷宮はペアとなる相手を排除する。消えたのが私ではなく彼だったのが何よりの証拠」


 オレは開いた口がふさがらなかった。さっきまで仲良く菓子を食ったり相合傘でいちゃいちゃしていたのは見せかけの姿だったのだ。

 苦々しい顔をしている魔法使い男と、同じく裏切られた形となった弓使い女が気の毒で、慰めの言葉も見つからない。


「と、とにかく蛇を倒して先へ進もう。残りはあと少しだし」


 気を取り直して蛇を全滅させ第7センチ戦地クリアしたオレたちは、またも薄暗い通路を進む。第8センチ戦地もこれまでと同じだ。出口の扉に触れた瞬間、部屋一面にぎっしりと小さな黒いモノが出現した。


「ゴ、ゴキブリだああ~!」


 オレと未亡人以外の全員が悲鳴を上げた。同時に吟遊詩人男の姿が消えた。よほどゴキブリが嫌いだったのだろう。姿を見ただけで気力がゼロになってしまったようだ。


 まあいい。吟遊詩人二人も大して役に立たなかったからなと辺りを見回せば、吟遊詩人女は残っている。その代わり弓使い女の姿がない。


「あの男、やっぱりあの女とできていたのね」


 残された吟遊詩人女が眉をひそめてつぶやいた。またも偽装恋人だったようだ。


 オレは呆れてしまった。先ほど気の毒だと思った弓使い女は、実は吟遊詩人男と好い仲だったのだ。いくら自由恋愛が建前だとは言っても、こうまで乱れていてはこの国のモラルに不安を禁じ得ない。いやまあ、もてない男の僻みと言われればそれまでだが。


「しかし爆裂矢を失ったのは痛いな。あとは魔法使い一人で頑張ってもらうしかない。頼んだぞ」


 魔法使い男は奮戦してくれた。数百匹は居そうなゴキブリをことごとく魔法で焼き尽くし、なんとか第8センチ戦地はクリアした。


 再び通路を進むオレたち。魔法使い男と吟遊詩人女は共に裏切られた同士ということで気が合ったのだろう。仲良く手を繋いで歩いている。同類相哀れむとはよく言ったものだ。

 オレは隣の未亡人をチラリと見た。


『一見、貞淑そうな御婦人だが、もしやこの中の誰かと好い仲になっているのかも』


 そんな疑念を浮かべつつ、第9センチ戦地のスズメバチを撃退し、第10センチ戦地の蛾と蝶の混合軍と対峙する。ここでも魔法使い男の範囲魔法が大活躍だ。が、


「すまない。魔力切れだ。どうやら私はここまでのようだ」

「魔力回復薬とか持ってないのか」

「無い」

「僧侶、魔力回復呪文とかないのか」

「ああ、ごめんなさい、私たちが回復できるのは体力だけなんです」

「学生、魔力……聞くだけ無駄か」


 魔法使い男は最後に特大の爆裂魔法を放って迷宮から排除されていった。彼と一緒に消えたのは吟遊詩人女だ。この短い時間で二人は本当のペアになっていたのだろう。なんとなく心が洗われる気分だった。


「よし、全滅だ」


 残りの敵を倒してオレたちは第10センチ戦地をクリアした。通路を進むと明るい広場が出現した。


 ――ここからは超ヤバイから引き返した方がいいよー!


 などと書かれた立札がある。オレは足を止めると皆に向かって労いの言葉を掛けた。


「諸君、遂に我々は10の戦地をクリアした。目的の3分の2を達成したわけだが、既に仲間の半分を失っている。だからと言ってここで引き返すわけにはいかない。トワの泉まであと少しだ、頑張ろうではないか」


 オレの言葉に返事はない。皆、疲れ切っているのだろう。正直、オレもかなり疲れている。この広場でおにぎりでも食って十分休息してから先へ進むことにしよう。

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