第1センチ戦地から第5センチ戦地まで

 迷宮「男女ダンジョン」は冒険者ギルドの事務所から徒歩で20分の場所にある。オレを含めた総勢16人の冒険者たちは二列縦隊で道を進んでいた。


 静かである。誰も何も言わない。無駄口は無論のこと咳払いひとつ聞こえてこない。おまけに全員喪服のような黒っぽい地味な服装をしているので、下手すれば葬式行列と間違われる恐れもある。


『どうにも辛気臭くていけねえな。景気づけに自己紹介でもさせるか』


 集まったメンバーの素性については、性別以外一切知らされていない。冒険者ギルドでは個人情報の取り扱いについて細心の注意を払っているため、オレが必要としていない情報は教えてくれなかったのだ。


「みんな~、歩きながら自己紹介しないか~。知られても構わない事柄だけでいいからさあ~」


 オレの一言でメンバーの15人はボソボソと自己紹介を始めた。当然のことだが名前や年齢などは教えてくれない。教えてくれたのは自分の能力だけである。それによると集まった15人は次のような構成であった。


 先頭 オレと普通の女(未亡人)。

 2列目 戦士の男女。

 3列目 弓使いの男女

 4列目 魔法使いの男女。

 5列目 僧侶の男女

 6列目 吟遊詩人の男女

 7列目 園芸師の男女

 8列目 学生の男女


「んっ?、ちょっと待ってくれたまえ。最後の学生って、何かな?」

「あ、ボクたち高校の探検部に所属しているんです。一度あの迷宮に入ってみたくて参加することにしました。一所懸命頑張ります!」

「あたしも頑張ります!」


 それなりにヤル気はありそうな二人だが、まったく役に立ちそうにない。と言ってここで追い返すのも可哀相だ。仕方ない、連れて行ってやるとしよう。


 オレは寛大な心で15人に接することにした。自己紹介が終わった後も各自とそれなりにお喋りをし、胸襟を開き、肩を叩き合い、目的地に着く頃には普段通りの口調で話しても大丈夫なくらいに親密な仲になっていた。


「よおし、迷宮に着いたぜ。野郎ども、突撃だあー!」


 大声で気合を入れ「男女ダンジョン」の中へ走り込むオレ。迷宮の入り口は山の麓にある洞窟。魔法使いのライトニング魔法で杖を光らせ、右へ曲がり左へ曲がり、着いた先は最初の戦地である「第1センチ」だ。


「ここは……」


 驚いた。第1センチ戦地、そこには天井が無かった。頭の上には青空。そして目の前には一年中花を咲かせる日向ひなた花が大量に植えられている。


「これって、安っぽい観光地でよく見かける花の迷路じゃないか」


 オレたちは迷路の中を歩き出した。所詮障壁は植物なのだから馬鹿正直に迷路の通路を歩かず、剣で薙ぎ払って直進すればいいのだが、さして複雑な迷路でもなく敵も出て来そうにないのでそのまま歩く。


「遠足気分ですわね」


 オレの横を歩いている未亡人がのんびりとした声で言う。後ろを振り向けば、7組の男女は互いにお喋りしたり、水筒の水を飲んだり、菓子を食べたりしながら歩いている。ここに来るまでの道中でオレが積極的に話し掛けたおかげで、すっかり寛いだ気分になってしまったようだ。いちゃつく14人の男女を見ていると、無性に腹が立ってくる。


『くそ。このリア充たちめ!』


 自慢じゃないが彼女いない歴15年である。こうなればオレも隣を歩いている未亡人と好い仲になりたいところだが、なかなか貞淑そうな御婦人のようで話の切っ掛けが掴めない。


「敵だ!」


 未亡人をどう口説こうか考えているオレの耳に戦士男の声が聞こえてきた。迷路の出口に日向花の化物が待ち伏せしていたのだ。


「任せろ!」


 戦士男はオレの前に出ると素早く剣を振るって日向花の化物を切り倒してしまった。これで第1センチ戦地はクリアだ。


 第2センチ戦地も日向花の迷路だったが、晴天ではなく大雨だった。


「うわ~、傘を持って来なかったな。みんな、大丈夫か」


 後ろを振り向けば7本の傘が開いている。どの男女も身を寄せ合って、二人で仲良く相合傘をしているではないか。


『くく、見せつけてくれるぜ』


 と、独り身の悲哀を噛み締めながらバックパックを下ろし、入れておいたはずのカッパを探す。すると未亡人が声を掛けてきた。


「あの、傘をお持ちでなければご一緒しませんか」

「はい、ご一緒させていただきます」


 ラッキーだ。傘を持って来なくて大正解だった。未亡人の肩に自分の腕を密着させて迷路の中を進む。これで距離的にはかなり接近できた。次は気の利いた会話でもして心の距離も縮めたいものだ、などと考えながら歩いていると弓使い男の声が聞こえてきた。


「次は我に任せるがよい!」


 迷路の出口に日向花の化物が立ち塞がっている。先ほどはヘラヘラ揺れているだけだったが、今度は水を噴射してくる変種だ。


「我が矢は水流如きには負けじ。爆裂矢射出!」


 弓使い男の放った特殊矢をまともに食らった日向花の化物は呆気なく粉砕されてしまった。これで第2センチ戦地クリアだ。


 第3センチ戦地は最初と同じく晴天の迷路。しかし頭上には灼熱の太陽が輝いていた。


「これで濡れた服も乾くな」


 などと軽口を叩けたのも最初だけ。気温35度以上と思われる炎天下では、雨に濡れた服はすぐに汗で濡れ始めた。先ほどまで身を寄せ合っていた14人もさすがにこの暑さでは近寄りたくないのだろう。全員距離を取り、口を閉ざし、顔を地に向け、黙々と歩いている。勿論、未亡人もオレから離れて歩いている。


『いかんな。これでまた距離が開いてしまった』


 オレはちらりと隣の未亡人を見る。うなじを伝う汗が妙に色っぽい。ピチピチのギャルも良いが、やはり妙齢の御婦人から匂い立つ色香には得も言われぬ魅力を感じる。あらぬ妄想を抱きながら迷路を進んでいると魔法使い女の声が聞こえてきた。


「あたしの出番ね!」


 言うまでもなく出口に立っているのは日向花の化物だ。今度は口から火を噴いている。


「穴には棒を。火には水を。ジェットストリーム!」


 魔法使い女の水魔法に直撃された化物は呆気なく水浸しにされてしまった。これで第3センチ戦地クリアだ。


 第4センチ戦地は暴風が吹き荒れる迷路だった。ここで再び身を寄せ合って歩くオレたち。最後の風を使う化物は僧侶女の風を静めるお祈りにより撃退した。


 第5センチ戦地は大雪が舞う極寒の迷路だった。ここでは襟巻を共有して更に身を寄せ合うことで未亡人の腰に手を回すことに成功。むっちりとした肉感も楽しめた。最後の雪を吐く化物は吟遊詩人男の気温上昇曲演奏によって倒された。


 第5センチ戦地を抜けると大きな広場が出現した。


 ――次の戦地から難易度が上がるからよろしくね。


 などと書かれた立札がある。オレは足を止めると皆に向かって労いの言葉を掛けた。


「諸君、遂に我々は戦地を5つクリアした。目的の三分の一を達成して一人の脱落者もいないのは実に喜ばしいことである。この調子で……」

「いやだあー、もういやなんだあー!」


 突然叫び声が聞こえてきた。園芸師男だ。


「おいおい、何が嫌なんだ」

「ボ、ボクの仕事は植物を育てること。これまで5回も植物が倒されるのを我慢してきたけど、もう耐えられない。植物をいじめるような人たちと一緒に、これ以上前には進めない」

「いや、今更そんなことを言われても」

「嫌だったら嫌なんだ。日向花よ、許しておくれ。ボクのメンタルポイントはもうゼロに……」


 園芸師男が言い終わらないうちにその姿は消えた。同時に園芸師女の姿も消えた。ステータスのどれかひとつでもゼロになれば、その者は強制的に迷宮から排除され、ペアとなっている者も排除される。そのシステムが働いたのだ。


「ごほん。我々は二人の落伍者を出しただけで5つの戦地をクリアした。この調子でこの先も頑張ろう!」


 オレの呼び掛けに応えたものは一人もいなかった。突然の園芸師二名の脱落がショックだったのだろう。


 まあいい。どのみち大して役に立たなかったであろう二人だったのだ。残りはまだ13人もいる。なんとかなるだろう。少なくともオレと隣の未亡人の二人が泉にたどり着ければいいんだからな。

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