第37話 プール 3

「到着ー!」


 タクシーから降りると、ゆかりちゃんが遊園地の門の前で声を上げた。


 夏休みだけあって、遊園地に向かう人だかりには、学生や小さい子供を連れた若いお母さんたちがわんさかいる。


 途中、僕達は、朝食を食べてないということで、乗り換えする駅でファーストフードのお店に寄った。そこで会話が弾んでしまって、結局、開園から1時間近くも遅れて現地に到着してしまった。


「晶君、早く行こう! もうとっくに開園しちゃってるよ!」


 ゆかりちゃんが、ちょっと興奮気味で僕の腕を引っ張りながらチケット売り場に向かった。


「ゆかりちゃん、今日は全部おごらせて。お小遣いたんまりもらってきたから。フリーパスのチケットも食事もぜーんぶ気にしなくていいからね」


 僕の手を引っ張りながら走るゆかりちゃんにそう言うと、


「えー、悪いよ。自分の分は自分で払うよ。わたしだってお小遣いもらってきたし……」


「大丈夫! うちのお母さんも全部おごってあげなさいって命令されているしさ。それに、いつも試験勉強を手伝ってもらっているお礼もしたいからね。全然気にしなくていいから」


 そう言って、僕は強引にチケット売り場でフリーパスを買ってゆかりちゃんに手渡した。


「……ありがと」


 はにかみながらチケットを受け取るゆかりちゃんの姿を見れただけで、フリーパスのチケットを奢ったかいがあった。


「どうする? 先に遊園地のほうで少し遊んでからプールに行く?」


 園内に入ってから、ゆかりちゃんに尋ねると、


「先にプールに行きたい! 暑いし、もう汗かいちゃってベトベトだもん」


 ゆかりちゃんは、ワンピースの胸元をつまんでパタパタしながら暑さをアピールした。


「じゃ、プールに行こう。着替えたら脱衣所の出口の先で待ってることにしようか」 


 僕たちは、それぞれ別れて水着に着替えに行った。

 

 しばらくして、水着に着替えて脱衣所から先に出てきたのは僕だった。案の定、ゆかりちゃんはまだ来ていなかった。女子の着替えは何かと時間がかかるというのは周知の事実なので、僕は施設を眺めながら待つことにした。


 脱衣所の出口を出ると、そこは屋内プールになっている。ビーチ風の屋内最大のプールは、1時間おきに波が起こる設定になっている。ついでにウォータースライダーもある。その裏手には、アスレチック風のプールや子供用のウォータースライダーがあって、右手後方には、温水の洞窟プールもある。さらにパンフレットには、温水のジャグジーまであることも書かれている。屋外には、全長650メートルの流れるプールの他に、さまざまなアトラクションがあるようだ。


 そうこうしているうちに、ゆかりちゃんが小走りにやってきた。


「おまたせー!」


 ゆかりちゃんの登場に、僕はドキリとした。


 白地に黄色いひまわりがいくつもプリントされたビキニの水着。先ほど着ていたレースのカーディガンを羽織っていたけど、透き通った白い肌と想像とは違ったスタイルの良さがハッキリと見えて驚いた。


(ゆかりちゃんって着痩せするんだなぁ……)


 そう言えばこの間、うちのクラスの自他ともに認めるエロ魔神こと田中のやつが、悪友の諏訪と小柳を引き連れて聞いてきたことがあった。


「山崎、お前の嫁の情報を教えてくれ」


「嫁?」


 僕が首をかしげて問い返すと、


「お前の嫁って言ったら、青山ゆかりしかいねーだろーが。うらやましいぞ、こんちくしょー!」


 そう言って、田中は、僕にヘッドロックをかけてくる。


「痛でででで……嫁なんかじゃないよ。同じ病院・病室で入院していた、ただの幼馴染だよ」


 弁解も虚しく、諏訪と小柳がテレビで刑事が容疑者を尋問するごとく、僕を問い詰めてくる。


「嘘こけ! お前らの情報は上がってるんだよ! 美術部も青山から誘われて入部したんだろ。それに試験勉強と称して、お互いの家に行き来する間柄だってこともな! お前、青山の爺さんに気に入られて、わざわざ引き止められて夕飯までご馳走されたっていうじゃないか! 病室が一緒だっただけのただの幼なじみがそこまでされるか!」


「そうだ、そうだ! それに女子の間では、すでにお前らは夫婦という立ち位置にいるんだぞ。それを嫁と呼ばなくて何と呼ぶんだ!」


「お前と青山の仲を知っている女子の間では、女子は山崎に話しがあるときは嫁の青山を通して以外、声を掛けないという暗黙のルールがあるという噂だ」


 ぐいぐいと詰め寄ってくる3人に気迫に満ちた顔を近づけてくる。


「……ゆかりちゃんは嫁じゃないけどさ、で、なんだよ? 何が聞きたいんだよ?」


 迫ってくる3人の顔を避けるようにして尋ねると、


「スリーサイズだ……」


 田中が小声でボソリと言った。


「え? なんだって?」


「だ・か・ら! 青山ゆかりのスリーサイズを知りたいんだよ! 特に胸の大きさを!」


 田中は大声で恥ずかしいことを言ってきた。僕は、威張って言うことじゃないんじゃないかと思いながら、とりあえず確認のため質問をした。


「……なんでゆかりちゃんのスリーサイズが知りたいんだ?」


 田中は、真面目な顔つきで語り始めた。


「俺は、クラス全員の女子の身体データを集めている。だが、どーしても俺のスキャン能力でも青山のサイズがハッキリとしない。多分、幼少期に入院生活を強いられたせいで、他の女子との成長度合いが違うらしい、と、俺は考える。華奢な体つきから、限りなくAカップに近いBと推察するが確実とは言えない。そこで、青山の家に入り浸っていたお前に正確な情報を求めることにした。――女の部屋に2人っきり。それも女からのお誘い……当然、健全な男子なら乳くりあったりしてるんだろ! 青山のものを直に拝見してるんだろ! うらやましいぞ、この野郎!」


 と、田中はいきなり首を締めてくる。


「ぐ、苦しい…… そ、そんなことするわけないだろ!」


 僕が慌てて否定すると、


「これだけお膳立てされて、一度も経験なしか!? マヂか!? こっそり青山の下着ぐらいは物色しただろ?」


「そんなことしないって! 最初に部屋に行った時に『下着を物色したりしたら絶交する』って釘を刺されてるんだよ! 最初からそんなことする気もないけどさ!」


 話しを聞いて、不意に首をしめていた手が緩んだ。そして、田中・諏訪・小柳の3人が軽蔑の目で僕を見る。


「ありえん…… 女子の部屋に誘われて何もしないとは…… 哀れだ…… というより、どんだけ臆病者なんだよ! チキンなんだよ! 同じ男として恥ずかしいぞ! ――よし、決めた! 今日からお前は、チキン山崎と命名する! 者共、わかったかー!」


 田中が勝手に僕のアダ名をつけると、諏訪と小柳が『チーキーン! チーキーン!』と連呼してきた。


「そんなに知りたければ、本人に直接聞けばいいだろ!」


 変なアダ名をつけられてちょっとムカついた僕は、怒りに任せて言い放った。


「当然、本人に聞いてみた。まるでゴミ虫を見るような蔑んだ目で言われたよ。『死ね!』って……」


 エロ魔神・田中恐るべし。そんなことを本人に直接言うとは…… ある意味、こいつは勇者かもしれない。それも伝説を残すような勇者。でも、地に落ちた暗黒の勇者だけど……。


「田中、なんでそんなに知りたいんだよ?」


「俺は、在学中にこの学校に在籍する女子を対象にした『女子高生図鑑』を作りたいんだ! それもカテゴリー別に区分けされた詳細な図鑑を!」


 恥ずかしげもなく言い切った。


「カテゴリー別? ってなんだよ?」


 変態田中の真剣な態度に圧倒されながらも、一応疑問に思ったことを聞いてみた。


「よくぞ聞いてくれた! 男には、大まかにB派・W派・H派、さらにL派に分かれている」


「はぁ? B派? W派? H派? L派? なんだよそれ?」


「そんなこともわからないのか! Bはバスト、Wはウエストでくびれを指す。Hはヒップで、Lはlegで足フェチのことだ。男子高校生ならこんなこと知ってて当たり前だぞ!」


 田中は強く主張するが、僕は初めて聞いた。


「大半の男子は、B派だ。しかしB派といっても、好みは千差万別だ。形も然ることながら、特に大きさにうるさい奴が多い。俺としては、サイズは正確に把握したい。クラスでAカップの堀や蓮池や木村は、まな板連合としているが、青山もそれに加入させるかどうか今は検討中だ。ちなみに、巨乳連合は、Fカップの塚原、Eカップの大久保と佐藤と山口は決定している」


 こんなくだらないことを真剣に話してる田中は本当に凄いと思う。尊敬は絶対にしないけど。


 そんな田中たちとのやりとりを思い出しながら、改めて水着姿のゆかりちゃんを見た。


 色白でホント華奢な体つきしてるのに、出てるところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。ゆかりちゃんの水着姿を見たと言ったら、田中のヤツはゆかりちゃんのスリーサイズを正確に教えろってしつこく聞いてくるだろうなぁって思った。


「あー、晶君、わたしのことエッチな目で見てる!」


 ゆかりちゃんが僕のことをジト目で見る。


「ち、違うよ。トレードマークのひまわり柄の水着が可愛くて似合ってたから見とれていただけだよ!」


 慌てて否定。


「ホントかなー? ま、いっか…… じゃ、早速泳ぎに行こう! 最初は、流れるプールね!」


 そう言って、ゆかりちゃんは、屋外のプール目指してスタスタ歩き始めた。


(はぁ……よかった。機嫌損ねてエロ魔神・田中みたいに、ゆかりちゃんから『死ね!』とか言われたら、僕なら一生立ち直れない気がする……)


 僕は安堵の表情で、ゆかりちゃんのあとをついていった。

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