第36話 プール 2

 僕もゆかりちゃんも久しぶりのプールということで、地元にある50メートルプールと膝ほどの深さしかない幼児のオシッコで汚染されている子供用プールの2つしかない大人300円で入れる市民プールではなく、豪勢に東京の外れにある遊園地に併設してあるプールに行くことにした。


 うちからは、最寄り駅から下り電車で終点の駅まで行って、そこで違う路線に乗り換えて直通電車で8つ先の駅。そこからはタクシーかバスを利用する。自宅からだと1時間半ちょっとの道のりだ。ちょっとした旅行気分を味わえる。


 ゆかりちゃんが使う駅からだと、目的地に行く途中に僕の家の最寄り駅があるので、ゆかりちゃんとの待ち合わせは、直接乗る電車をホームで待つことにした。


 遊園地は午前9時開園になっているので、開園時間ちょうど到着するように、僕は朝の7時半に駅のホームで待つ。わかりやすいように1番先頭の車両で待ち合わせにしたけど、高架駅のホームの先頭には屋根がなくて強い陽射しが容赦なく僕を襲ってくる。


 駅のホームの電光掲示板を見ると、すでに気温が32度を超えていることを示してた。朝のテレビの天気予報では、降水確率は0%で、最高気温が35度まで上がるとか言っていた。まさしく、絶好のプール日和だ。


 そんな強い陽射しの中、修行僧のように暑さを我慢しながら待っていると、定刻通りゆかりちゃんが乗った電車がホームにやってきた。先頭車両のドアを見ると、電車の中から僕の姿を見つけたゆかりちゃんが手を振っている。


「晶くん、おはよう! いい天気になってよかったね!」


 電車のドアが開いて乗り込むと、ゆかりちゃんが満面の笑みで僕を迎えてくれた。

「おはよう、ゆかりちゃん。今日は絶好のプール日和だね。――あれ? 今日の服は、いつもと感じが違うね。ちょっと大人っぽく見える。よく似合ってるよ」


 と、挨拶と一緒に服装をほめてみた。


 今日、出かけにお母さんが、『晶、女の子はね、デートのときの服装は気合を入れてるのよ。モテる男になりたければ、必ず女の子の服装をほめないとダメよ!』とアドバイスをしていたのを思い出したからだ。


 白い生地に淡いピンクや水色の花があしらったキャミソールのワンピース、白のレースのカーディガン、麦わら帽子とヒールが少し高めのサンダルに籐でできたトートバッグを肩に下げる姿は、お世辞抜きで似合っている。僕には外の陽射しくらい、ゆかりちゃんが眩しく見えた。


 お母さんのアドバイスが功を奏したのか、ゆかりちゃんの顔がほころんだ。


「わかる? 今日のために新調したの。洋服のテーマは、『バカンスを楽しむお嬢様』。ちゃんとお嬢様っぽく見える?」


 そう言って、その場でくるりと回って見せた。


「見える見える。どっからどう見ても可愛いお嬢様にしか見えないよ」


「可愛いだなんて、晶君、正直すぎー!」


 バシッと僕の腕を叩いて、ゆかりちゃんがえへへと照れ笑いを見せた。


 そんなやりとりをしながら、僕は車内を見渡した。


 学生は夏休みに突入しているけど、一般の社会人は仕事があるのでさすがに電車の中は混んでいた。


 休み明けの月曜日ってこともあって、出勤する人たちの頭の上のロウソクは、気分が落ち込む時に見せるどんよりとした青色の炎を灯していた。そんな中、僕達の周囲の人、特に若い男性の何人かは、真っ赤な攻撃色の炎を灯す人もいる。この攻撃色は、多分、僕らのせいだと直感した。


 まぁ、これから気苦労の多い会社に出勤する自分たちのそばで、明らかに遊びに行く格好で可愛い子と一緒にイチャイチャしてたら、グーパンチの1発や2発食らわせてやろうっていう気分になるのも仕方ないかもしれない。


 僕は、周囲の人の気分を逆なでしないように、電車内では大人しくしていようと思った。

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