第35話 プール 1
待ちに待ったプールに行く当日。
出かけようとする僕をお母さんが呼び止めた。
「晶、ちょっと待ちなさい。ゆかりちゃんとのデートなんだから、あなたがすべておごってあげなさいよ」
お母さんに言われて、これってデートなんだって今さらながら気がついた。いつも一緒にいるから気にもしてなかったけど…… そうか、デートか……。
「プール代や食事だけじゃなくて、ゆかりちゃんが何か欲しい物があったらなんでも買って上げなさい。あなたにはもったいないほどできた彼女なんだから、絶対に逃しちゃだめよ!」
そう言って、お母さんは万札を数枚をポンと僕に手渡した。
「ゆかりちゃんは、彼女じゃないよ。ただの幼馴染。――それより、このお小遣い多すぎるよ」
手渡されたお金を数えてみると10万円もあった。
「ただの幼馴染? あなた、まだゆかりちゃんに告白してないの!? 何をぐずぐずしてるの! あんないい子、すぐに誰かに取られちゃうわよ! ――それから、そのお金は、夏休み中のデートをするためのお小遣いだから有効に使いなさい。ゆかりちゃんから甲斐性なしの男なんて思われないようにしなさいよ。晶は知らないかもしれないけど、あなたは結構なお金持ちなのよ。事故にあったおかげで、あなたに掛けてた保険と加害者の自動車保険、それに加害者の務めていた会社からの見舞金ががっぽり入ってるんだから。将来、あなたが成人したら全部あなたに渡すからね。それまで、お母さんがそのお金を管理してるから安心しなさい。まぁ、ちょっとだけ私のご褒美で使っちゃったけど、ちょっとだけだからいいわよね?」
お母さんの最後の『ちょっとだけご褒美で使っちゃった』っていう言葉に、僕はピンときた。
あれは、僕が退院して1ヶ月ぐらい過ぎた頃。ずっと僕の看病に追われてたお母さんが、デイ・サービスの人に僕のお世話を任せて久しぶりに銀座へ買い物に行ったことがあった。
夕方遅くに帰ってきたお母さんは、両手にいっぱいの荷物を抱えて『デパート巡りをしてきた』と嬉しそうに語っていた。特にお気に入りのバッグを見つけたと言って、その時はバッグを誇らしげに僕に見せたことを覚えている。
お母さんは、そのバッグを押入れの奥に大事に大事に仕舞っていたけど、何か大切な行事やお出かけのときには必ず引っ張りだして使っていた。でも、そのバッグを手にとったお母さんの頭の上のロウソクが、やけに真っ黄色に燃え上がるのがいつも不思議だった。1年経っても、バッグを持つお母さんのロウソクの炎の色が、興奮したときになる真っ黄色だったので、僕は興味本位でインターネットを使ってそのバッグについて調べてみた。
「――うーんと……品名は、エルメスのケリーバッグで、値段は……1、10、100……10万…… ええっ! 189万円!」
僕が呆気にとられたのは言うまでもない。
(お母さん、189万円は、『ちょっとだけ』ていうレベルじゃないって……)
まぁ、お母さんには、本当に大変な思いや苦労させちゃったから、それくらいは目をつぶってお父さんには黙っていようと思った。でも、200万円近くを『ちょっとだけ使っちゃった』って、実際、いくらくらい保険金が入ったんだろう? 僕は、相当気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます