第34話 夏休み
なんだかんだと色々と大変だったけど、ゆかりちゃんのスパルタ教育のおかげで、中間テストは思ってた以上に出来が良くて僕的には大満足だった。
調子に乗ってゆかりちゃんにテストの点数を見せびらかしたら、逆に彼女のテストの点数を見せつけられた。すべてのテストで僕より10点以上も点数が上だった。その際、
「ふふーん。晶君、甘いわよ。私にテストの点数で勝とうなんて10年早いわ」
と、バカにされた。
まぁ、ゆかりちゃんのおかげで中間テストを上手く切り抜けられたので、このくらいの屈辱は甘受することにした。
中間テストも終わり、通常時に戻ると、部活も再開された。
やはり美術の基本は絵を描くということで、天気が良い日は外で写生大会。梅雨に入ると、室内で絵を描いた。
その頃には、ゆかりちゃんは油絵に挑戦していて、朝霧先輩から手ほどきを受けていた。
僕はというと、デッサンの練習の他に水彩で絵葉書を描いた。
梅雨の時期だったので、紫陽花とその葉の上に乗るカタツムリを描いた絵葉書を、田舎で一人で暮らしているおばあちゃんに送ったら、すぐに喜びの電話がかかってきた。
「晶、絵葉書ありがとうねぇ。あの絵、晶が描いたってねぇ。キャベツの葉っぱを食べるイモムシの絵、とても上手ねぇ。おばあちゃん、ビックリしちゃったよ。晶は、絵を書く才能があるねぇ。このままいけば、将来は有名な絵かきになれるかもしれないねぇ」
と、おばあちゃんがベタ褒めしてきた。
でも、おばあちゃん、紫陽花とカタツムリの絵なんですけど……。いくら孫が可愛いからって、あの程度の絵で有名な画家になれるはずはないでしょ。身内贔屓にもほどがあるよ……
それでも毎日毎日絵を描いていたら、他人には猫の絵がイカに見えてしまうほどの絵心のない僕でもそこそこ上手になってきたのが嬉しかった。不思議なもので、うまくなってくると嫌いだった絵を描くことがすごく楽しくなってきて、今まで以上に絵を描くようになった。
充実した毎日を送っていると、時が経つのが早く感じるというのは本当のことだと思う。先日、中間テストを終えたばかりと思っていたのに、もう期末テストがやってきた。今回もゆかり大先生のご助力をお願いして乗り切った。
期末テストが終わると、『美術をもっと楽しむためには、いろいろな作品を見ないとダメ』という大川部長の言葉で、朝霧先輩がスポンサーからもらった美術館のチケットで東京にある美術館に全員で行った。
そういう時に限って、あの2年の三馬鹿幽霊部員こと三田・馬場・鹿島の3人と顧問の金井先生がやって来る。ちょっとイラッときたけど、まぁ今回はチケットを大量に用意できたし、美術部員だけでなく年増女教師の桂先生が率いる書道部も同行だったので、金井先生目当ての三馬鹿幽霊部員たちも、婚期を逃した桂先生の肉食獣のような男を狙う貪欲さに圧倒されて金井先生に近づけなかった。――いい気味だ。
そして、梅雨が明け、1学期の終業式がきた。
終業式自体は、名前も覚えていない校長の長話といくつかの表彰、夏休みの注意事項など、ありきたりな終業式だった。
教室に戻って成績表などを受け取った後、僕とゆかりちゃんはいつも通り美術室に向かった。この日は、部員全員(といっても三馬鹿幽霊部員は当然来ない)で美術室奥の美術準備室という名の倉庫の片付けをするためだ。
昨日、大掃除が行われ、美術室は他の生徒がきれいに掃除をしてくれたけど、ここ準備室は、貴重な美術品や朝霧先輩の描いた絵も保管されているので一般生徒は入れない。
貴重な美術品の中には、朝霧先輩がスポンサーからもらって学校に寄贈した茶器とかもあって、大川部長によると『この茶器1個で軽乗用車1台が買えるんだよねぇ』などと呟いていたことがあった。それがガラスケースに6、7個、無造作に置かれている。
さらに、大川部長が秘蔵の美術資料をこっそり見せてくれたけど、デッサン用にいろいろなポーズを取った女性の裸の写真集で、もちろん無修正。そりゃ、こんなものがあるってわかったら、絶対に男子生徒が忍び込んでくるだろう。もちろん、男性の裸の写真の写真集もある。僕は男の裸にまったく興味ないけど、そっち方面の趣味の人にとっては垂涎の物かもしれない。
準備室は、普段から掃除をしてあるので備品の整理程度で終わった。画材などの消耗品の在庫をチェックして、無くなりそうな物をピックアップする。
一通り終わったあとは、お昼を食べるためにみんなで外へ出て近くのファミリーレストランに行った。
そこで大川部長が、夏休みの美術部の活動について話し始めた。
「新入部員も入って初めての夏休みだから、泊まりがけで風景画とかを描きに行きたかったけど、僕も一応受験生なので夏休みに受験生のための学校で開かれる夏期講習に出ないといけないんだよねぇ……。月~金の10時~12時の午前の部と1時半~3時半までの午後の部があって、ほぼ毎日学校には来るけど部活はできないと思う。本当なら部員の2年生が1年生の面倒を見るんだけど、あの3人じゃ到底無理だから……ごめんよ。せっかく新入部員が入ってくれたのにお世話ができないなんて……」
大川部長の頭の上のロウソクの炎が、暗い青に変色していく。
(まぁ、受験生の夏休みは重要だから仕方ないか……)
僕らの落胆を察して、朝霧先輩も申し訳なさそうに話し出した。
「私が、大川君の代わりに付きっきりで教えてあげられれば良かったのですが、夏休みになると仕事がたくさん舞い込んでしまって自由な時間もあまり取れなくなってしまうんです。ごめんなさい……」
朝霧先輩も本当に忙しそうだった。聞くと、夏休みは、雑誌の取材や絵画の宣伝のためのイベント参加や雑誌広告などの写真撮影、その間に依頼されている絵の制作と来年の自身の個展のための制作、新しく建設された美術館のお披露目パーティーへの出席など、高校生の夏休みとは思えないほどの過密スケジュールだった。
落ち込む朝霧先輩を見かねて、ゆかりちゃんが声をかけた。
「千里先輩、気にしないでください。もちろん、千里先輩と夏休みを一緒に過ごせないのはとても残念ですけど、先輩がいろんな方面のお仕事で活躍してくださるのは、私も同じ美術部員として鼻が高いです。がんばってください!」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」
ゆかりちゃんの慰めと励ましの言葉で、朝霧先輩のロウソクの炎がパッと明るく燃え上がった。
その後、他愛のない話に盛り上がり、楽しい昼食となった。食事が終わると、今日はこの場で解散となった。
僕とゆかりちゃんは、途中まで一緒に帰ることにした。帰り道、ゆかりちゃんが僕に尋ねてきた。
「晶君、夏休みの予定はどうなってるの? 家族で旅行に行ったりするの?」
「特にないなぁ……お盆も家族で出かける予定もないし……」
よく考えたら、事故以来、家族旅行には行ってない。うちの両親は旅行が好きで毎年1回は必ず旅行はしてたんだけど、僕のせいでその習慣がなくなってしまった。
「予定がないなら、来週プールに行こうよ!」
「プール!? でも、僕は足がこんなになっちゃったから、もう泳げないんだよね……」
「大丈夫! 泳げなくても平気だから。プールも足のつく深さだし、浮き輪もちゃんと用意するから。――わたしもずっと病院通いだったから、プールにずっと行ってないんだよね。今年は絶対に行くって決めてたの! 晶君も一緒に行こう!」
結局、ゆかりちゃんの強引さに負けてプールに行く約束してしまった。
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