第33話 テスト勉強 3

 翌日、学校に登校して教室に入ると、すぐにゆかりちゃんが僕の所へやってきた。


「晶君、昨日は、ごめんねー。おじいちゃんに絡まれて大変だったでしょ。家にいると周りに女ばっかりだから、久しぶりに男の子が家に来たもんだからおじいちゃん喜んじゃって。ホントにごめんね」


 ゆかりちゃんが、両手を合わせて僕を拝むようにして謝る。


「全然大変じゃないよ。僕は、おじいちゃんっ子だったから、逆に亡くなったおじいちゃんを思い出して嬉しかったよ。それに、おじいさんの話しも面白かったし、勉強を教えてもらった恩もあるからね」


「そう? そう言ってもらえると助かる。おじいちゃん、帰り際、晶君に変なこと言ったりしたから、ちょっと気になってさ。最近のおじいちゃん、お酒を飲むと『ゆかりが嫁に行くまで死ねない』って口癖になってるから気にしないでね。――それから、おじいちゃん、晶君のことを相当気に入っちゃったみたいでさ、朝食の時に『山崎君は、今日も勉強しに来るのか? 来るのなら、今日は鰻でも取るか……』とか言ってるのよ。また晶君を晩酌に付き合わせる気満々なのよね。だから、テスト勉強は、うちでやらないほうがいいかも……」


「そっか……。おじいさんの晩酌に付き合うのは全然構わないんだけど、さすがに試験前に毎晩遅くなるのはまずいかな。それに帰った後にテスト勉強の時間もなくなるしなぁ……どうしようか……。そうだ! 今日は、僕の家でやろうよ。昨日のお礼も兼ねて、お昼を家で一緒に食べて勉強すればいいよ。うちのお母さんもゆかりちゃんに会いたがってたからさ、連れてきたら喜ぶと思うよ」


「え、いいの? 急に行っても大丈夫? 晶君の部屋とか片付けないといけないとかない?」


 ちょっと心配そうに尋ねるゆかりちゃんに、僕は胸を叩いて得意気に言った。


「大丈夫! ゆかりちゃんみたいに夜遅くまで片付けないといけないほど、僕の部屋は散らかってないよ」


「あっ、言ってくれたなぁ。私だって本当はいつも散らかってるわけじゃないんだからね。――ま、そんなことはどうでもいいとして、じゃあ、今日は、晶君の家でテスト勉強しよっか。一度、晶君の家にも行ってみたかったんだよね」


 ということで、今日のテスト勉強は、僕の家でやることになった。


 午前の授業が終了すると、昨日と同じく、ゆかりちゃんの自転車にふたり乗りして僕の家へ向かった。


 僕の家でテスト勉強をやることが決まった後、すぐに家に連絡をしてお母さんにゆかりちゃんが来ることを伝えた。多分、お母さんは、今お昼の準備をしながらウキウキして待っていることだろう。


 家までは、僕の弱った足で歩いても20分ほどの距離。ゆかりちゃんが運転する自転車は、その半分の時間もかからずに到着した。


「ただいまー! お母さん、ゆかりちゃんが来たよー!」


 僕がただいまの挨拶を言い終えるかどうかのタイミングで、お母さんが現れた。


「あら~、ゆかりちゃん、いらっしゃい! まぁ! 美人さんになって! 晶がゆかりちゃんの話しをする時に、鼻の下が伸びるのもわかるわ。さぁ、入って入って!」


「お母さん! 僕がいつ鼻の下を伸ばしてゆかりちゃんの話しをしたんだよ! そんなわけないだろ!」 


 お母さんは僕の不平の言葉を無視して、ゆかりちゃんにスリッパを用意する。


「おば様、ご無沙汰しておりました。今日は、急な訪問ですみません。おじゃまします」


 ゆかりちゃんの丁寧な挨拶に、お母さんの好感度もさらにアップしたみたいだ。


 僕は、お母さんが余計なことを言わないうちに、ゆかりちゃんを2階の部屋に案内した。


「ここが晶君の部屋か…… 悔しいけど、晶君が言う通り部屋が片付いてる。それにしても本が多いね……」


 ゆかりちゃんの言うとおり、窓のあるところ以外は、天井までの高さの本棚でぐるりと囲まれている。その本棚にぎっしりと本が詰め込んである。


 ゆかりちゃんは、本の多さに驚いているようだった。


「読書の習慣があるって本当だったね」


「まあね。本は、ここにあるだけじゃないよ。去年まで足が悪かったから下の階で寝起きしていて、そこにもここと同じくらい本があるよ。――ちょっと飲み物とお菓子を取りに行ってくるね。興味があったら好きに本を見ていて構わないから」


 僕は、ゆかりちゃんを部屋に残してキッチンに向かった。


「晶。ゆかりちゃん、美人ね」


 キッチンで待ち構えていたお母さんが、いきなり話しかけてくる。


「あなた、ゆかりちゃんと付き合ってるの?」


「急になんだよ! 付き合ってないよ!」


 僕の言葉に、お母さんが深い溜息をつく。


「はぁ……。あなた、何してんの! 美人で頭もよくて性格も明るくて礼儀正しい。こんないい子が他にもたくさんいると思ってんの? ゆかりちゃんだって、少なからずあなたに好意を持ってるんだから、そこのところ上手くやりなさいよ! 絶対に逃しちゃダメだからね! お母さん、あの子なら応援するから」


「何くだらないこと言ってるんだよ。早く飲み物とお菓子を出してよ。それから、お昼はどうすんの?」


「お昼は、デリバリーのピザを注文しといたからあとで取りに来て」


 そう言って、ジュースとお菓子が乗ったトレーを僕に突き出す。


 僕は、トレーを受け取ってさっさと部屋に戻ろうとすると、


「晶、2人きりだからって変な気を起こしちゃダメよ。あなた、まだ高校生なんだからチューだけにしなさい。こっちはダメ」


 お母さんは、両手を胸と股間に当てて言ってきた。


「バッカじゃねーの!」


 思わず捨て台詞を吐いてその場を立ち去った。


(ゆかりちゃんのおじいちゃんもおかしなこと言ってたけど、お母さんもこんなこと言うとは思ってもみなかったな。身内ってみんなこうなのかな……)


 変なことを言われたせいで、モンモンとした気持ちで自分の部屋に戻ってくると、ゆかりちゃんがベッドのマットレスの下に腕を突っ込んでいた。


「ゆかりちゃん、何してんの!?」


 僕が部屋に入っていくと、ゆかりちゃんは急いで腕をベッドから引き抜いた。


「あはは。見つかっちゃった」


 笑って誤魔化すゆかりちゃん。


「で、何してたの?」


 僕は、ジト目でゆかりちゃんを見つめた。


「ほ、ほら、よく聞くでしょ? 男子は、ベッドの下に本を隠す習性があるって。それって本当かなぁって思ったりなんかして…… ちょっと男子の生態を調査してたの。晶君も好きに本を見ていいって言ったし。あははは」


 またも笑って誤魔化すゆかりちゃん。


「ひっどいなぁ。自分は、物色したら絶交だとか言ってたくせに…… エロ本を探してたんでしょ! そんなの持ってないよ!」


「えっ、持ってないの!? うっそだぁ! 親戚のお姉ちゃんが言ってたもん。男子は絶対に隠し持ってるって」


 開き直ったのか、ゆかりちゃんがベッドのマットレスを持ち上げて物色し始めた。


「それは、ゆかりちゃんの親戚のお姉さんが付き合ってた男の情報でしょ! 僕は持ってないって!」


「ふーん…… そうなんだ。つまんないの……」


 ゆかりちゃんが、本当にガッカリした様子でベッドを元通りに直す。


(あっぶねー! 油断も隙もないな)


 ゆかりちゃんの親戚のお姉さんの情報は、半分当たってる。男子たる者、エロ本の1冊や2冊は持っているもの。だが、マットレスの下に隠すなんて今どきの男子はしない。僕のお宝本は、勉強机の一番下の引き出しの裏に隠してある。ここなら学校に行ってる間に、お母さんに部屋の掃除をされても発見されることはまずない。マットレスの下なんかに隠していたらすぐに見つかってしまって、帰宅したら本棚にお宝本がきちんと並べられていたなんていう屈辱を味わうことになってしまう。本来なら、エロ本を見つけた親は、見て見ぬふりをするのがマナーなんだけどね。


(それにしても、ゆかりちゃんの親戚のお姉さん。ゆかりちゃんに変なことを教えこまない欲しいよな……)


 その後、ゆかりちゃんを監視しつつ、2人でピザを食べて夕方までテスト勉強をした。


「――じゃ、遅くなるといけないから、そろそろ帰るね」


 そう言ってゆかりちゃんが腰を上げかけた時、お母さんが部屋にやってきた。


「ゆかりちゃん、今日はうちで夕飯を食べていって。昨日の晶がご馳走になったからお返しに。おかあさん、腕によりをかけてご馳走を作ったからね。――そうそう、ゆかりちゃんのことをお父さんに連絡したら、『今日は早く帰る』ですって。お父さんが帰ってきたらみんなで夕飯にしましょうね」


 その言葉に、なーんか僕は嫌な予感がした。


 案の定、お父さんが帰ってきたら、ゆかりちゃんのことを根掘り葉掘り尋ねてきた。


「いやぁ、お母さんが『晶が彼女を家に連れてきた』っていうから、急いで帰ってきたよ。まさか、こんな可愛い子だとは、お父さんビックリしちゃったよ」


 お父さんは、グラスに注いだビールを一気に飲んで言った。


「ゆかりちゃんは、彼女じゃないよ! 幼馴染! 今日は、無理言って勉強を教えてもらったんだよ!」


「わかってる、わかってる。晶が入院した時からの付き合ってんだろ。お母さんから聞いた」


「全然違う! お母さんも何を適当なことを教えてるんだよ!」


 お母さんを注意したら、『まぁ、この子照れちゃって』とか訳がわからないことを言ってくる。


「おじ様、ビールのおかわりをお注ぎします」


「お、気が利くねぇ。――俺もゆかりさんのような娘が欲しかったんだよねぇ。でも、結構がんばったんだけどできなくてねぇ。でも、家の嫁に来てくれれば必然的に娘ができるんだよなぁ……」


 と、つぶやくように話すお父さんに、僕は注意した。


「何をくだらないこと言ってるんだよ。ゆかりちゃんもお酌なんかしなくていいよ」


 若い子にお酌をされて、デレデレになっている父親の姿ほど恥ずかしいものはない。


 キッチンからやってきたお母さんも、お父さんを注意する。


「お父さん、お客様にお酌させてダメでしょ。ゆかりちゃんも遠慮しないで食べてね。まだまだたくさんあるから」


 お母さんは、次から次へと大皿に乗せられた中華料理を御膳に並べていく。


 海鮮炒飯、青椒肉絲、海老のチリソース和え、カシューナッツと鶏の野菜炒め、四川風麻婆豆腐、蒸し上げて作る豚の角煮、水餃子。


「うわぁ、すごい! これ、みんなおば様が作ったんですか!?」


「そうよ。大昔だけど、中華料理店でアルバイトしてたことがあって、その時にお店の中国人の料理人から直接教わったのよ」


 お母さんが中華料理店でアルバイトしてたなんて、僕は初耳だった。


「私もこんな美味しい中華料理を作れるようになりたーい」


 ゆかりちゃんは、小皿に取り分けられた海鮮炒飯を美味しそうに食べながら言う。


「あら? ゆかりちゃんがうちの晶のお嫁さんになってくれれば、私の秘伝の味も教えちゃうわよ。人参とピーマンが嫌いな晶がそれを食べれる料理までもね」


「もう、そういう話しはいいってば!」


 浮かれまくっている両親のせいで頭が痛くなってきた。


 結局、試験前で遅くなるといけないから、僕の家で勉強をすることになったのに、両親の話しに付き合わされて昨日と同じくらい帰るのが遅くなった。


 酔いつぶれて寝ているお父さんは放っておいて、ゆかりちゃんの自転車を四駆に積んで、お母さんの運転でゆかりちゃんを家まで送り届けた。もちろん僕も付き添った。


 次の日。ゆかりちゃんと相談した結果、お互いの家で勉強をするとテストに支障をきたすということで、学校で試験勉強をすることになった。

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