第32話 テスト勉強 2
「あー、美味しかった。ゆかりちゃん、ごちそうさまでした。作ってくれたおばあさんにも美味しかったって伝えておいて」
「了解。おばあちゃんも喜ぶと思うよ」
食事を食べ終え、ゆかりちゃんが食器類を片付けて1階に返しに行った後、お茶菓子を手にして戻ってくると、早速テスト勉強になった。
「それじゃあ勉強を始めようか。晶君、苦手教科は何?」
「苦手なのは、ダントツに英語。あとは、数学かな……」
「ふーん、国語は得意なんだよね?」
「うん、読書の習慣のおかげかな?」
「ぷっ! 晶君に読書の習慣って、似合わなーい」
さらりと酷いことを言うゆかりちゃん。
「まず今回の英語は、リスニングのテストはないって言ってたから、聴き取りの練習はなしね。それと高校に入って初めての試験だから、テストを作る先生の傾向がわからないけど、教科書とプリント、それから授業のノートから出題される問題を予想しながら勉強していこうか」
「ごめん、ノートを全然とってないんだ……」
「やっぱり…… 授業中、グッスリだったもんね。特に英語は。そう言うと思って、私のノートをコピーしておきました。感謝してよねー」
そう言って、ノートのコピーを僕に差し出した。
「すごい、気が利く! ありがとう! 将来、いいお嫁さんになれるよ!」
「な、な、何言ってんの! そんなことより、ちゃんと勉強してよね! そんな調子だと本当に赤点を取っちゃうよ!」
ちょっと怒り出すゆかりちゃん。でも、頭の上のロウソクの炎が、怒りの赤色じゃなくて真っピンクに燃え上がってる。――なんでだろう?
「高校最初のテストは、比較的簡単だと思う。高校英語は、中学で学んだことの応用だから、確認の意味も込めて問題が作成されるはずだから。プリントを見てもそのことがわかるわ。だから、教科書、プリント、ノートを照らしあわせれば、自ずと出される問題がわかるはずよ。ほら、ここなんか教科書とプリントとが同じ文法を使ってるし――」
そう言って、ゆかりちゃんが適切に覚える箇所を教えてくれる。さすが、大川部長の前で『テスト範囲は勉強済みです』と豪語するだけのことはあった。
『ミッチリキッチリ教えます!』という宣言通り、夕方まで英語の勉強を叩きこまれた。
僕の勉強をしげしげ見ていたゆかりちゃんがポツリと言った。
「なんか驚いた…… 晶君、意外と物覚えいいし、勉強もできるじゃない。この高校もまぐれで受かったんじゃなかったんだ」
「酷いなぁ…… まぐれっていう点は否定しきれないけど、ほら事故にあってから、足も腕もうまく動かなくて友達とも遊びにいけなかったし、家で読書とか勉強をするしかなかったからさ」
僕の言葉にハッとするゆかりちゃん。
「ごめんね…… 言い過ぎたかも……」
「あはははは。大丈夫、大丈夫。この高校に受かったのもまぐれだし、それに勉強嫌いは昔とかわらないから。まったく気にしなくていいよ」
僕が笑って応えると、ゆかりちゃんの頭の上のロウソクの炎が、真っ青な状態からオレンジ色に変わった。
そこへ、コンコンと部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「ゆかりー、入るわよ」
部屋のドアを開けて入ってきたのは、スーツ姿のゆかりちゃんのお母さんだった。約4年ぶりにゆかりちゃんのお母さんを見たけど、今のほうが溌剌としていて若く綺麗に見えた。
そう言えば、ゆかりちゃんが入院していた頃は、入院費を稼ぐために朝から晩までパートの仕事をして疲れきっていた様子だったし、多分節約のためか美容院にも行ってなかったんじゃないかな。それに、ゆかりちゃんの病状の心配も重なってたから、気苦労も絶えなくて表情も暗かったのかも知れない。その当時は、頭の上のロウソクの炎も青白かった記憶がある。今は、円筒形の白いロウソクに黄色い炎が灯っている。
「お母さん、おかえりなさい。今日は、ずいぶんお仕事が終わるの早かったね」
壁に掛けてあるデジタル時計を見ると、17時07分の表示になっている。窓の外も少し薄暗くなってきていた。
「ただいま! ――晶君、ひさしぶり! 4年ぶりになるのかしら? 昨日、ゆかりが『晶君が家に来る』って言うから、今日は仕事を早く切り上げて帰ってきたのよ! 何せ、晶君は、ゆかりの命の恩人だしね。もう、会いたくて会いたくて仕方なかったのよ! お礼もいいたかったし、今の姿も見たかったしね。晶くんも元気になったみたいで、本当によかったわ!」
少し興奮気味に話す、ゆかりちゃんのお母さん。僕は、もっと静かな人っていうイメージがあったのでちょっと驚いた。
本来、こういう性格だったのに子供の入院という状況が暗い影を落としていたのか、離婚してからついた生命保険のセールスレディという職業がそうさせたのかよくわからないけど、いい意味でゆかりちゃんのお母さんは明るく変わっていた。
「おばさん、お久しぶりです。おかげ様で…… 足は、少し不自由になりましたけど、体はいたって健康です。僕もおばさんにお会いできて嬉しいです」
僕が礼儀正しく挨拶をすると、ゆかりちゃんのお母さんはビックリして言った。
「あら!? ちゃんと挨拶ができるようになるなんて、晶君も大人になったのねぇ。それにずいぶんと男前になってるし…… やっぱり男の子は、高校生にもなると成長が早いわねぇ、見違えちゃった。ゆかりが嬉しがるのも無理ないわ。昨日なんか、晶君が家に来るって言うんで、この子夜遅くまで部屋の掃除をしてたのよ。いつもは散らかってひどい有様なのにねぇ」
と、ゆかりちゃんに曰く有りげな視線を送る。
「お母さん! 身内の恥をいきなりバラさないでよね! それで、何!? 何の用!」
「そんなにプリプリ怒ってお母さんを邪険にしなくてもいいじゃないの。晶君に嫌われちゃうわよ。――そうそう。おじいちゃんが晶君も一緒に夕飯を食べていけって。もう、出前のお寿司を注文しちゃったから、晶君、夕飯をうちで食べることを、お家の人に連絡してくれる?」
そう言って、ゆかりちゃんのお母さんは、家の電話の子機を僕に手渡した。
もう出前まで注文しているということだし断るのもなんなので、僕は、素直に子機を受け取って家に連絡した。すぐにお母さんが出て遅くなることを説明したけど、ゆかりちゃんのお母さんが『電話を代わって』とジェスチャーをしてくるので電話を代わったら、すごく長話になった。
「うちのお母さんと晶君のお母さん、病院で話したこともあったのよね。お互い入院している子供を持つ親として、意気投合したみたいな感じだったけど、私の転院でそれっきり。すごく懐かしいのかもね」
「そっか……。そういえば、面識があったんだよね。積もる話があっても仕方ないか」
お互いの母親同士の会話も挨拶程度で終わると思っていたら、よもやま話に発展していって会話が終わる気配がない。それを呆れる僕に、ゆかりちゃんがそう言ってきた。
会話が盛り上がっているゆかりちゃんのお母さんはほっといて、僕らは僕らで会話を楽しんだ。
1時間ほど経つと、階下で『ピンポーン!』というチャイムの音が鳴って、寿司屋の出前の人の元気な声が聞こえてきた。
それに気づいたゆかりちゃんのお母さんは、
「――あ、ごめんなさい。夕飯の忙しい時間に話し込んじゃって。また時間あるときにゆっくりとお話ししましょうね……。――はい、こちらこそ。――では、失礼致します」
名残惜しそうにして、電話を切った。
「出前のお寿司が来たみたいだから、ゆかりと晶君は1階に行って。私も着替えたらすぐ行くから」
そう言って、ゆかりちゃんのお母さんは部屋から出て行った。
ゆかりちゃんに連れられて1階の居間に通されると、すでに座卓には5人前はありそうな寿司桶が2つ置かれていて、食器や飲み物の準備も整っていた。
「おお、山崎君だったな。こっちに来て座りなさい」
おじいさんは、自分の真向かいにある座椅子を指して言った。
多分、僕の足が悪いことを聞いていて、事前に用意してくれたんだろう。他は、座布団が敷かれてあるだけだった。ゆかりちゃんは、僕の左隣にちょこんと座った。
「すみません。行儀悪いですけど、足を伸ばさせてください」
一応、一言断ってから座椅子に座った。
人様の夕食に招待されることってめったに無いから、僕はちょっと緊張してしまう。
おじいさんは、ニッコリ笑うと、
「ああ、聞いてるよ。事故で足を大怪我して不自由になってしまったんだってな。大変な目にあったなぁ。それと山崎君は、ゆかりの命の恩人だということも娘の真弓から聞いておるよ。医療ミスがあった時に助けてくれたってな。ありがとうな。――おい! ばあさんも早くこっちにこい!」
おじいさんは頭をひとつ下げてから、隣の台所に向かって大声を張り上げた。
(へぇ、ゆかりちゃんのお母さん、真弓っていうのか。初めて知った)
そんなことを考えていると、
「はい、はい。今行きますよ」
隣の台所から穏やかな声が聞え、お盆を持ったちょっとふくよかなおばあさんが現れた。
頭の上のロウソクを見ると、丸い小皿のようなロウソクが乗っている。今は溶けてしまって原型をとどめていないけど、多分、昔は丸いボールのようなロウソクだったと思う。丸い形の人は、僕の経験上、心が穏やかで優しい人が多い。
おばあさんは、お盆の上にあった味噌汁と煮物などを配膳していく。なぜか、ゆかりちゃんのところには、赤飯が置かれているのがすごく気になったけど、僕は無視することにした。
配膳を終えると、おばあさんは、きちんと正座をし直してから改まって挨拶をしてきた。
「初めまして、ゆかりの祖母のテルです。いつぞやは孫を助けていただき、本当にありがとうございました。――大したおもてなしはできませんが、今日はゆっくりしていってください」
おばあさんが手をついて頭を深々と下げて挨拶をするので、僕は慌てて挨拶を返した。
「ご丁寧に…… 初めまして、山崎晶です。――皆さん、僕がゆかりさんを助けたなんて大げさですよ。あの時は、前の担当の先生を呼びに行っただけで、大したことしてませんから……」
僕が恐縮すると、
「いえいえ、娘から聞きました。治療にあたってくださったお医者様が、『山崎くんがわざわざ知らせてくれなければ、ゆかりちゃんの命が危なかった』とおっしゃっておられたと。ですから、山崎さんは、本当にゆかりの命の恩人ですよ」
そう言って、おばあさんが再び手をついて頭を下げるので、僕は困ってしまった。
「お母さん、晶君が困ってるわよ。堅苦しい挨拶はもうやめて、お寿司をつまみましょうよ。お父さんもお寿司を目の前にしてイライラしてるわよ」
着替え終えてやって来たゆかりちゃんのお母さんこと真弓おばさんが、うまく間に入ってその場をまとめてくれた。
「お、真弓、いいこと言った! ほれ、さっさと席につかんか。だらだらしておったら、せっかくの寿司も干からびるぞ。――乾杯じゃ。山崎君は、ビールでいいかい?」
泰造じいさんが、未成年の僕に酒を勧めてくる。
「おじいちゃん! 晶君は、未成年よ!」
ゆかりちゃんが注意するも、
「ビールは、水だろが! ワシがお前たちと同じころは毎日飲んでたぞ!」
と、泰造じいさんも言い返す。そこへ、真弓おばさんが、
「お父さん! 晶君は、明日学校があるんだからダメよ!」
って、真弓おばさんが言うけど、思わず『明日が休日ならいいんかい!』ってツッコミを入れたくなった。
結局、僕は冷たい緑茶で乾杯に参加して、青山家の手厚いもてなしを受けた。
食事中、おじいさんの一方的な会話に相槌を打つことが多かったけど、おじいさんが大工の元棟梁だったことや、自分の家を自ら建てたこと、庭木の手入れも自分のやってること聞いて、僕は感心して素直にほめた。ちょうど僕が作っているジオラマ模型は、日本家屋の風景を切り出したものを制作してたので、その凄さがよくわかってたからだ。
それからは、おじいさんは終始ごきげんで、ビールから日本酒に変わり、おばあさんと一緒にワインも飲んで、最後は焼酎のお湯割りに行き着いたときには相当出来上がっていた。
夜も9時近くなって、僕はそろそろお暇しようとした。
「名残惜しいですけど、もう遅くなりましたので、そろそろ帰ることにします。今日は、本当にごちそうさまでした。お寿司は美味しかったです」
僕が頭を下げてお礼を言うと、おじいさんが急に神妙な顔をしてきた。
「そうか、帰るか……。山崎君、ゆかりことをよろしくな。前は、病弱な孫だったが、今は健康になって丈夫な子供も産めるようになったんでな。――これで、ワシも心置きなくあの世に行ける……」
おじいさんが、なんか涙ぐみながらそう言ってきた。
(あれ? いつの間にか彼女の祖父に結婚の了承に来た設定になってるような……)
「は、はぁ…… わかりました……」
なんか違うと思ったけど、その場はやり過ごした。だけど、隣りにいるゆかりちゃんの顔が真っ赤になってるのが超気になる……
その後、僕は玄関の外までおじいさんとおばあさんに見送られ、真弓おばさんの運転する車でゆかりちゃんも同乗して一緒に自宅へ送られていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます