第29話 初めての部活 2

 昼食も終わり、食後のケーキも十分堪能した後、さっそく部活動が開始された。


「青山さんは、朝霧君と同じ中学で美術部だったんだよね? それじゃ山崎君は、美術の経験はあるのかな?」


 と、大川部長が聞いてきた。


「美術の経験は、学校の授業以外ないです。それに絵の才能もまったくないです……」


 そう、僕には絵心がまったくない。僕が小学校のときに授業で真剣に書いたイルカの絵を、友達が『水死体?』と言われて以来トラウマになって、授業で必要に迫られなかったら絶対に絵を描くことはなかった。授業中の暇つぶしで描く教科書の隅のパラパラ漫画でさえしなかった。


「そうか……絵を描くのは美術の基本中の基本で最初に徹底的に教え込むのが普通なんだけど、青山さんに無理やり入部させられたみたいだから、まずは美術が楽しいものだっていうことを知ってもらうほうがいいかもね。――でも、その前にどのくらい絵が描けるか、簡単でいいからちょっと何か描いてみてよ」


 そう言って、大川部長は、スケッチブックと鉛筆を差し出した。


 僕は嫌々ながらも、その鉛筆を手にとって描きだした。


「おおっ! おっ……う、うん……」


 始めは、勢い良く描き出した僕に大川部長は期待の歓声を上げたけど、描くに従って部長の声がトーンダウンしていくのがわかった。


 ゆかりちゃんが手早く描いた僕の絵を見て聞いてきた。


「イカ……だよね? これ?」


「違うよ! 猫だよ、猫!」


「猫!? そ、そう……猫なんだ……」


 と意外そうな顔を見せるゆかりちゃん。


「だから言ったじゃないか! 絵心はないって!」


「ざ、斬新的な猫だね! ダリもピカソもびっくりだよ。アハ、アハハハ……」


 不満顔の僕に慌ててフォローする大川部長も、僕の絵を見てなんか焦り気味なのが気になる……


「うん、山崎君の画力はわかった。それじゃあ、昨日お願いしていた写真は、持ってきてくれたかな?」


 昨日、入部の挨拶に行った時に、大川部長に『お気に入りの写真があれば明日持ってきてくれる?』と言われていた。


 僕とゆかりちゃんは、持ってきたお気に入りの写真を部長に手渡した。


 僕が持ってきたのは、交通事故に遭う前に行った沖縄の離島で撮った海の写真。強い日差しに真っ青な海と誰もいない真っ白な砂浜が広がり、入道雲が海面スレスレに浮かび上がっている景色。


 その離島で、海に潜って熱帯魚のようなカラフルな魚に餌付けしたり、砂浜にたくさんいたこぶし大のやどかりを捕まえたり、夜には、ホタル狩りや天の川・人工衛星の天体観測をしたりして、大いに楽しんだ記憶が今でも鮮明に頭に焼きついている。もう、ケガの後遺症で泳ぐことができないので、もっとも心に残る思い出の1枚だ。


 ゆかりちゃんが持ってきた写真は、家で飼っている2歳になる愛猫のフー。聞くところによると、両親が離婚してこっちに引っ越してきたときに迷いこんできて以来飼っている茶トラの猫。最初は、怯えながらフーフー威嚇する声を発してたのでフーと名付けたそうだ。初めは警戒して近寄らなかったみたいだけど、今では、機嫌よく喉をならしながらベッタリと懐いている。ゆかりちゃん曰く、ゴロと名付ければよかったというくらいゴロゴロと喉を鳴らす猫なのだという。


「写真をちょっと借りるね」


 大川部長は、パソコンにインストールされている画像編集ソフトを立ち上げると、写真をスキャナーにセットして手早くパソコンに画像を取り込んでいった。


「本当は、持ってきてもらった写真を元に絵を描いてもらおうかと思ったんだけど、山崎君は絵を描くのが苦手みたいだからとりあえず絵画風の作品だけでも作ってみようか。――今、取り込んだ写真の画像をこの編集ソフトにかけると、画像を好きなように加工することができるんだ。例えば……」


 大川部長が、僕の写真の画像を選んで編集ソフトのツールバーの『効果』というところの『油絵』を選択した。


「おおっ! すごい!」


 海の写真が、一瞬で誰かに頼んで描いてもらったかのように油絵になった。


「こんなこともできるよ」


 次に、部長はゆかりちゃんの猫の画像を選んで、『効果』の『鉛筆書き』を選択すると、


「わぁ、すごい! うちのフーの写真がデッサン画になった! わたしじゃこんなに上手く描けないよ!」


 ゆかりちゃんが喜んで言うように、猫の毛の細かい部分まで丁寧に鉛筆で描き込まれた画像に変わった。


 さらに大川部長が手を加えると、写真の画像がセピア色になったり、浮き彫り処理されたりした。編集ソフトの『効果』のバリエーションは多彩で、グラデーション、波、ピクセル化、ジオラマ、ぼかし、タイル、よくわからない爆発とかいう加工もあった。


「それじゃ、教えるから自分の写真の画像を好きなように変更して。画像の加工が終わったら、その画像を反転処理してから印画紙に印刷して、それをさらに薬品を使ってキャンバスに転写するからね」


 僕らは、大川部長に編集ソフトの使い方を教わりながら、自由に写真を加工していった。


 編集ソフトの加工技術が豊富すぎて、ゆかりちゃんと一緒になって試しまくっていたら、あっという間に下校時間になってしまった。


 初めは緊張してどうなるかと思った部活動だけど、大川部長は親切で教え上手だし、絵が描けなくても絵の楽しさを教えてもらえて美術部に入って本当に良かったと、僕は思った。

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