第28話 初めての部活

 美術室前に到着すると、僕の人生初の部活、それも初日とあって少し緊張してきた。


 ゆかりちゃんから強引に誘われて入った美術部だけど、美術のなんたるかも知らない初心者が、これから部活で上級生たちと一緒に何かをするってことを考えると緊張しても仕方がないかもしれない。


 緊張をほぐすために1回だけ大きく深呼吸をしてみた。


「失礼しまーす!」


 美術室の扉を恐る恐る開けて中を覗くと、大川部長がイーゼルではなく作業台で直に紙を置いて絵を描いていた。


「いやぁ、よく来たね! 待ってたよ!」


 美術室で独り寂しくしていた大川部長が、僕ら2人に気づくと満面に笑みをたたえながら、やけに明るい口調で歓迎してくれた。


「部長、今日からよろしくお願いします」


 僕らが入室してすぐに頭を下げて挨拶をすると、大川部長が目を丸くして言った。


「うわぁ、こんな敬意のこもった挨拶を部員から受けたのは初めてだよ。やっぱり新入部員っていうのはいいなぁ。2人のおかげで、ここも美術部らしくなってきた。――ささ、そんなところにいないでこっちへ来て座りなよ。お昼はまだなんだろ? 今、作業台を片づけてきれいに拭くからそこで食べなよ」


 そう言って、作業台を片付け始めた。


「先輩、何を描いてるんですか?」


 ゆかりちゃんが片付けを手伝いながら、作業台に広げられた部長の描きかけの絵を見て尋ねた。


「これは、6月にある合唱コンクールのポスターだよ。生徒会から頼まれて描いているんだ。まぁ、美術部のお仕事みたいなものだね。体育祭や文化祭のポスターも描いたりするよ」


 画用紙に描かれているのは、男女混合の合唱団がピアノの前で歌っている絵だった。


 昨日、大川部長は自分には美術の才能がないようなことを言ってたけど、素人目で見ても十分上手に見える。


「まだ途中だけど、絵ができたらこれをそこにあるパソコンとスキャナーを使って読み込んで、合唱コンクールの文字と日時などを書き加えるんだよ。最初からパソコンで絵も描くこともできるけど、それだとなんか味気ないっていうか、美術部員としてどうなの? って感じだからなるべく紙に描くようにしてるんだよね」


「それ、わかります!」


 ゆかりちゃんが激しく同意すると、大川部長はニコニコしながら『僕もお昼の準備をしてくる』と言って奥の準備室へ消えていった。


 しばらくすると、ティー・カップを乗せたお盆と、ケーキ屋で持ち帰りの時に使う手さげの紙の箱を持って戻ってきた。


「自慢じゃないけど、うちの美術部は他の部なんかより物が充実してるんだよ。――はい、ケーキ!」


 大川部長がティー・カップを僕らの前に置くと、おもむろにケーキが入った箱を開いた。


「わぁ!」


 さすがに女の子だけあって甘いもの好きらしいゆかりちゃんが、箱を中を覗き込むと嬉しそうに声を上げた。


 ショートケーキやモンブランなどの定番ケーキの他に、チョコでコーティングした一風変わった丸い形のケーキやフルーツが盛りだくさんの高級そうなケーキが10個ほど入っていた。


「さっき朝霧君が持ってきてくれて冷蔵庫にしまっておいたんだ。奥の準備室には、冷蔵庫の他に、電子レンジや電磁調理器やコーヒーメーカーや食器類もそろっているんだよ。空調だって冷暖房・湿度調整可能だし、一般家庭にある家電製品はほとんどそろっているよ。もちろん美術道具はすべてそろっているし、画材なんて使い放題なんだ。それにここだけの話しだけど、学校にあるマイクロバスは、これも美術部の物なんだよ。

 ――まぁ早い話が、これもみんな朝霧君のスポンサーからの寄付なんだけどね。このケーキだって、朝霧君のテレビの取材があって部活を休むから、局の人がわざわざ僕達のために用意してくれたんだ。朝霧君のおかげで学校も、我が美術部も大いに潤っているってことなのさ。そうでもなければ部員数の足りない美術部が、美術室を占領してのうのうと部活していることなんてできないよ」


 大川部長は、3人分の紅茶をティー・ポットから注ぐと、僕らに好きなケーキを選ばせてから、自分はショートケーキを手に取ってそのままかぶりついた。お弁当は持ってきていないみたいなので、お昼はケーキで済ませるようだ。


「ふうん、そんな裏事情が美術部にはあるんですか……。それにしても朝霧先輩の影響力はすごいですねぇ」


 僕は、素直に感心した。


「そそ、朝霧君はホント凄いよ。もう来年は海外の美大に留学が決まってるって話しだし、同時に海外で個展もひらく予定なんだって。すでに日本でプロとして十分やっていけてるのに、さらに仕事をしながら海外で美術を学ぶなんて彼女の向上心は半端ないよ。絶対僕には真似できないね」


 ケーキ片手に朝霧先輩のすごさについて熱弁を振るう部長を見て、朝霧先輩のあの光り輝くロウソクを持つ人は、類まれな才能を持つ人なんだと改めて実感した。


 僕らはお昼を食べながら、大川部長から部長本人のことや朝霧先輩のこと、美術部のことなど色々教えてもらった。

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