第27話 パン屋のおばあさん
――次の日。僕は、午前のみの授業を終えた後、教室の掃除を済ませ、さっそく部活に行くことにした。
「あっきらく~ん、部活へ一緒に行こう!」
ゆかりちゃんが他の場所の掃除を終え、僕を呼びにやってきた。
彼女の何気ない誘いの言葉だけど、女の子と付き合ったこともないクラスのウブな男子生徒にとっては、まさに怒りを引き起こさせる禁断の呪文。 ――怒りの矛先は、もちろん僕だ。
クラスの男子の視線が一斉に僕に注がれた。
目は口ほどに物を語るっていうけど、男子たちの目を見れば『山崎、死ね』の大合唱が心の中で起きているのがわかる。決定づけるのは、彼らの頭の上のロウソクが真っ赤っかに燃え上がっているのがその証拠だ。
(ああ、僕の平穏で楽しい高校生活が……)
僕は周りを見回して大きなため息をついた。
その様子を見て、ゆかりちゃんが不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの? 早く部室にいこうよ!」
と言って、僕の腕を親しげにつかんで引っ張っていった。
(ゆかりちゃん、気づいていないかもしれないけど、君のその行為が僕をクラスの中で窮地に陥らせるんだよ……)
僕は、教室から連れ出されながら、男子たちのロウソクの炎がより一層燃え上がっていくのを見ないことにした。
「晶くん、今日お弁当か何か持ってきた? もし持ってきてないなら、いったん学校を出てお昼を買ってから部室へ行かない?」
美術室に向かう途中、ゆかりちゃんが聞いてきた。
「そうか、お昼の準備をしなきゃいけなかったね」
(そう言えば、昨日お母さんから『お弁当はいるの?』って聞かれて、まだ午前授業だけだからお弁当はいらないって答えたんだった……。失敗したなぁ、放課後の部活のことをすっかり忘れてた……)
僕は財布にお金が入っているか確認した。
何かあったときのためにと、お母さんが入れてくれた1万円札1枚と、それとは別に今月のお小遣い1万円が丸々入っていた。
まだ月初めということもあるけど、今まで家と学校と病院を行き来するだけの生活だったから、お小遣いを使う習慣があまりない。欲しい物があれば親に頼んで買ってきてもらっていたし、そのときの代金は親が払ってくれたから。だから、月末になってもお小遣いがそのまま残ってることもしばしばだ。
「何も持ってきてないから、外で何か買おうか」
「じゃあ、正門の目の前にパン屋があったから、そこでパンでも買おうよ」
僕らは、ゆかりちゃんが言うパン屋向かった。
お店は高校の正門から出て、片側2車線道路の渡った真向かいにある。パン屋といっても、朝早くから生地を仕込んで天然酵母を売り文句にしているようなパン専門店ではなく、高校生相手の駄菓子屋兼市販のパンに手を加えた惣菜パンを扱うこぢんまりとした店だ。
「いらっしゃい!」
店に入ると、しゃがれているけど元気の良い声が響いた。
店内は、所狭しと駄菓子と玩具が並べられており、奥には古びたガラスケースが据え置かれていて、その中に手作りのおにぎりや惣菜パンが数種類並べてあった。
ガラスケースの向こう側から、どう若く見積もっても70過ぎのお婆さんが頭だけちょこんと出して立っていた。
お婆さんの後ろのガラス戸の向こうには、お年寄りだけどお婆さんよりも若い夫婦らしき男女がせっせと惣菜パンを作っているのが見えた。
「はい、何にしましょう?」
僕はカラスケースの中から焼きそばパンとコロッケパンと牛乳を、ゆかりちゃんはサンドイッチ二つとオレンジジュースを購入した。
会計をしている間に、僕は無言でお婆さんをじっと見つめていた。お婆さんというより、お婆さんの頭の上のロウソクを見ていたのだけど……
会計が済んで店を出ると、お婆さんをじっと見ていた僕が気になったのか、ゆかりちゃんが尋ねてきた。
「ねぇ、晶君。あのお婆さんに何か気になることでもあるの?」
話すかどうか一瞬迷ったけど、ゆかりちゃんには僕の不思議な能力について教えてあるので話すことにした。
「うん……あのお婆さんの頭の上のロウソクが、もうほとんどないんだ……」
お婆さんの頭の上には、溶けたロウにロウソクの芯がちょこんと乗っかっている状態だった。あれは僕のお祖父ちゃんと同じような状態だ。お祖父ちゃんはそれから2日後に亡くなった。
「僕の経験上、あの状態になると遅くても1週間以内に亡くなるよ……」
僕の言葉を聞いて、ゆかりちゃんは顔をこわばらせ絶句した。
実際、4日後にお婆さんのお店のシャッターに忌中札が貼られてるのを見て、ゆかりちゃんは言葉を失うことになる。
人の寿命を予想してそれが当たってしまうと、僕は、こんな能力なくなってしまえばいいのにと思ってしまう。
お年寄りに会うたびにチビたロウソクを目の当たりにして、本人に『あなたの寿命は、あと何年くらいです』と何度告げたくなったことか……
それでも、こんなことを繰り返して経験していくうちに、僕は人の寿命を知ることや、人が亡くなっていくことに慣れてしまったのかもしれない。そうでなければ、ゆかりちゃんがいくら僕の能力を知っているからといって、安易に人の寿命があとどのくらいなのかを告げて動揺させることもなかったはずだ。
人の残された時間を知るなんて、本当なら神様以外には知ってはいけないことなんだ。
(ああ、こんなこと話さなければよかった……)
あの愛想のいいお婆さんがもうすぐ亡くなるなんて言ったせいで、ゆかりちゃんの表情が曇っている。それを見て、僕の方も美術室に向かう足取りが重くなった気がした。
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