第26話 美術顧問の金井先生 2
「あの2年生たちの態度も気になるけど、わたしとしては金井先生の方がもっと気になるわよ……」
ゆかりちゃんがボソッとつぶやくように言った。
「え? ゆかりちゃん、気になるってどういうこと? まさか、あの2年生みたいに金井先生のファンになったってこと?」
僕が驚いて尋ねると、
「違う、違う、その逆! だって金井先生っていつも笑顔を振りまいてるようだけど、よく見ると目は笑ってないし、時々ジッと見つめている目なんか商品の品定めしている感じがして気持ち悪いんだよね……」
ゆかりちゃんが、ちょっと身震いしながら話す。
ゆかりちゃんの勘は、多分当たってると思う。あの金井先生のロウソクの形や炎の色は、僕の今までの経験上、普通の人の考え方とか行動とちょっとかけ離れているケースだ。
「それに朝霧先輩を見る目が、じっとり粘着質の視線で気持ち悪いよね。自分の生徒を見る目じゃないよ。あれは女性を意識して見ている目だよ。いやらしいったらありゃしない……」
ゆかりちゃんの頭の上のロウソクの炎がボッと赤く燃え上がった。
朝霧先輩を慕って高校を入学したくらいだから、朝霧先輩によからぬ感情を抱いている金井先生に怒りがこみ上げてくるのは仕方ないことかもしれない。
「ここだけの話しとして聞いてくれるかな?」
ゆかりちゃんの話しを受けて、大川部長がずり落ちた眼鏡を押し上げながら話しだした。
「僕が1年生のときに美術部の先輩から聞いた話しなんだけど、2年前、金井先生がうちの高校へ転任してきた理由が、前の学校で女生徒と問題を起こしたからだって聞いたんだ。先輩の従兄弟が金井先生のいた学校に通っていて、その従兄弟からの情報だからかなり信憑性が高いと思う。
先輩の聞いた話しだと、金井先生が4人の女子生徒と次々と関係をもって、その内の1人が妊娠したらしいよ。その妊娠した生徒は、金井先生にも内緒で中絶しようとしたみたいだけど、未成年の中絶には親の同意がなくてはできないらしくて、だけど親には話せないから相当困ったみたい。結局、悩んだ末に保健の女性教師に相談して問題が明るみになったってさ。
学校で大騒ぎになったらしいけど、金井先生が『4人とは本気で付き合っていた』って言うし、付き合っていた女子生徒たちも金井先生を擁護する発言をするものだから、警察が介入する事件にはならなかったみたい。さすがに道徳的にも倫理上にも問題があるし、女子生徒の親たちも教育委員会に訴えでたから、最終的に金井先生は停職半年になった後にうちの学校に飛ばされたみたいだけどね」
大川部長は、金井先生の出来事を呆れた様子で詳しく語ってくれた。
それを聞いて、ゆかりちゃんは顔を真っ赤にして怒って言った。
「信じられない! そんな最低な人だったなんて! もしその話しが本当なら、よく平然と教師を続けられるわね。あの先生は、女子生徒にとって危険人物ね。このことは朝霧先輩にも話しておかないと!」
顔だけでなくロウソクの炎を真っ赤に燃やして怒るゆかりちゃんを見て、この感じなら自ら近寄って金井先生の毒牙にかかることもないなと、僕はちょっと安心した。
「いや、この話しは朝霧君も知ってるよ。美術部の先輩が話してくれたときに一緒にいたから。でも彼女はこの話しを信じてはいないよ。美術部の先輩が話してくれたことも、先生を妬んだ噂話だって本人が言っているくらいだから……。
金井先生ってあのルックスで人当たりもいいし社交的だろ? ほとんどの女性はそれに騙されちゃうのさ。金井先生が朝霧君にやけに馴れ馴れしいから、彼女にそれとなく『金井先生のことは気をつけたほうがいいよ』って注意したら、『あなたも下衆な噂話を信じるひとりなんですか!』ってもの凄く怒られたよ。もう彼女の前では、金井先生の過去の話は禁句だよ」
困った顔で話す大川部長の様子をからすると、金井先生と朝霧先輩を距離を置かせるのは、ちょっと厳しいかもしれない。できるとすれば後輩で仲の良いゆかりちゃんだけど……それでも難しいだろうな。なんせ金井先生を見つめる朝霧先輩のロウソクの炎の色が真ピンクだったもんなぁ……恋する乙女に誰が何を言っても耳に届かないと相場が決まっているから。
美術部顧問のイケメン教師に憧れる美術部美人部員。それを妬ましげに見つめる美術部部長。黒い噂のある美術部の顧問と、それを崇敬する美人部員との恋愛を阻止しようと画策する同性の後輩……。
まるで昼ドラ並みにドロドロした状況を考えると、僕は美術部に入部してしまったことをちょっと後悔した。
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