第16話 恋愛相談
ケンカ騒動から1週間が経ち、特別室の”お勤め”を終え、スズイチこと鈴木一が1年4組に戻ってきた。
この1週間、みんな晴れやかな気分で学校生活を楽しんでいたのに、鈴木が戻ってきたせいで一気にどんよりとした空模様のような気分がクラスに充満した。
みんなの『鈴木さえいなければ』という言葉にできない気持ちがひしひしと伝わってくるのがわかる。何を隠そう、その気持ちが1番強いのが僕なのだから。
それでも1週間のお勤めの成果が出たのか、鈴木はもう突っかかってくることもなく、僕は平穏無事に学校生活を送ることができた。
聞くところによると、特別室でのお勤めは直接特別室に登校した後、生活指導の先生と教頭がマンツーマンで授業を行い、体育以外での他の生徒との接触は禁止、昼食も教師と1対1、さらに放課後の見張られながらの掃除は、刑務所の臨時体験みたいなものだ。
普段鈴木は、授業中は寝ているし、掃除なんかはしたこともない。自分勝手のやりたい放題だったから、今回の処置は相当効いたのかもしれない。
それに僕のことでも教頭に釘を刺されているらしく、同じことをやったらさらに長い期間を特別室で過ごすことになると注意を受けたらしい。
でも、犯罪者のすべてが刑務所に入って改心するわけではないのと同じく、鈴木も反省しておらず、特別室送りも僕のせいだと言わんばかりに憎しみを強めてることはわかっている。鈴木の頭のロウソクの炎が、ガソリンに火をつけたのかと思うくらいの炎がボーボーと燃え上がっているからだ。燃え移らないとわかっていても、髪の毛にロウソクの炎が燃え移るのじゃないかと心配になるくらいの燃え上がりようだった。
ま、こっちに危害を加えようとしなければ、鈴木のことはどうでもいい。こっちも敢えて友達になろうとも思わない。『触らぬ神に祟りなし』ということで、お互い距離を置いて生活できれば、僕としては全然オッケーだった。
最近、僕の学校生活に変化があったのは、鈴木との問題が一段落ついたことの他に、図書委員になったことだ。
ジャンケンに負けたからでも、誰かの推薦があったからでもない。僕自ら進んで図書委員になった。理由は、暇を持て余しているからだ。
足が不自由な僕は、授業の合間の休み時間に外へ遊びにも行けないし、放課後は、リハビリ・センターに行ってリハビリのメニューをこなさないといけないので部活にも入れない。僕にできることと言えば、友達としゃべくることと本を読むことぐらいだ。だが、友達だって年がら年中一緒にいられるわけではないので、残るのは本を読むことだけだ。
リハビリ・センターへ行く車中も暇だし、リハビリのための運動カリキュラムの時はともかく、温熱治療や電気治療中は、いつも一時間くらいジッとしているので時間がもったいない。
それに正直僕の足は歩けるようになっても、運動ができる状態には戻らないって医者に言われてる。引きこもり確定の僕の長い人生を充実したものにするには、やっぱり今から本に親しんでおいた方がいいと結論を出したからだ。それで、図書委員に立候補した。
図書委員には、僕の以外に女子でも立候補した人がいた。それが渡嘉敷薫さんだった。
渡嘉敷さんは、少し日焼けしたような肌に彫りの深い顔。背中まで垂らした長い黒髪が印象的で、ちょっとエキゾチックな女の子。
まだ同じクラスになって1か月も経ってないけど、僕の印象では大人しくて、かといって根暗な感じはまったくなくて、女子にも男子にも人気のある子だと思う。
僕と彼女が一緒になって図書委員に立候補したので、クラスの男子たちから「もう、お前たちできてるのか」と、ヒュ~ヒュ~とからかわれた。
同じ図書委員になったこともあり、僕は渡嘉敷さんの頭の上のロウソクをちょくちょく観察するようになった。
渡嘉敷さんは、僕の右斜め前に座っているので、彼女のロウソクがよく見える。
観察してて気づいたんだけど、朝の出席を取っている時にクラスの佐々木修の名前を呼ばれると、渡嘉敷さんの炎がピンク色に染まり、ポッと炎が大きくなる。
佐々木修は、はっきり言ってイケメンだ。それに加え足も速く、サッカーも上手で、去年、所属しているサッカーのクラブチームで県大会を優勝した。全国大会では1回戦負けだったけど、その時のキャプテンが佐々木だった。
佐々木は社交的で友達も多く、サッカーがうまくても威張ることもないし、頭もいい。天は二物を与えずどころか、三物も四物も与えまくっている。彼のロウソクを見ると、形は一般的な筒状なんだけど、白いロウソクが真珠みたいにピカピカに光っていて明らかに他の人のロウソク自体が違う。才能のある人間は、ロウソクまで他の人とは違うのかと僕は感心した。
佐々木の名前が出席のときに呼ばれて本人が返事をすると、毎回、渡嘉敷さんのロウソクの炎がピンクになってポッと大きくなる。よく見たら、他の女子の何人かも同じような状態になってる。
(ははぁ…… これは、もしかすると……)
僕の感が正しければ、多分、あれだと思う。
その日、図書委員の週1回の当番だったので、昼休みに図書室に向かう途中で渡嘉敷さんに聞いてみた。
「渡嘉敷さんって、佐々木のこと好きなの?」
僕がそう尋ねると、彼女のロウソクが真っ黄色になって燃え上がった。
「な、なんでそんなこと聞くの?」
渡嘉敷さんは平静を装っていたけど、ロウソクの黄色い炎が忙しなく点滅している。
「いやぁ、朝の出席を取るときに佐々木の名前を呼ばれると反応してたからさ。後ろから見てるとわかるんだよね」
僕が話すと、渡嘉敷さんの歩みが少し早くなった。
「多分、それ山崎くんの勘違いだよ」
どんどん先に行ってしまう彼女を松葉杖の僕が追いかけるのは至難の業だ。
「そっか、僕の勘違いだったか。じゃ、佐々木の名前に反応した他の女子も勘違いなのかな。4人ほどいたんだけど。――渡嘉敷さんに教えてあげようと思ったんだけどなぁ」
と言うと、逃げるように歩いていた彼女の足がピタリと止まった。
「それ、本当?」
「本当だよ」
僕は、ニッコリと笑って言った。
やっぱり渡嘉敷さんは、佐々木のことが好きだったか。
図書室に着いて、渡嘉敷さんはすぐに話しを聞きたがっていたけど、図書委員の仕事があったのでとりあえず仕事を優先した。
図書室は教室2つ分ぐらいの広さで、入口には返却カウンターと長テーブル3つ備え付けられていて、8つの本棚を背中合わせで4列にして室内の奥の方まで設置してある。
図書委員の仕事は、主に本の貸し出しと返却された本を所定の場所に戻すことだった。カウンターでの作業は上級生が担当して、返却された本をもとに戻すのが下級生である僕たちの仕事だ。
昼休み中ということもあって、返却された本は少なかったのですぐに仕事は終わった。
僕と渡嘉敷さんは、長テーブルに恋人かと勘違いされてもおかしくないくらい隣同士くっつくように座った。といっても、渡嘉敷さんの大本命は佐々木なんだけどね。
僕は、渡嘉敷さんに佐々木が好きな女子のことを教えてあげた。
「朝の出席を取ったときに佐々木に好意を持っているのがわかったのは、渡嘉敷さん以外では、いまのところ阿部洋子と佐藤加奈と堀のぞみと三浦りんの4人かな」
と教えると、渡嘉敷さんは驚いて言った。
「三浦りんちゃんも!」
三浦りんは、渡嘉敷さんの小学校からの親友の1人。親友でも好きな人のことは話してなかったらしい。
「絶対とは言えないけど、多分当たってると思う。本人に直接確認したらいいよ」
渡嘉敷さんは、長テーブルの1点を見つめてじっと考え込んでいた。ライバルに親友がいることに少なからずショックを受けてるようだった。もしかしたら、佐々木が好きなことを三浦りんに打ち明けているかもしれない。
「僕が見た範囲で言うけど、佐々木は性格もいいし顔もいい。サッカーの才能もある。それに将来成功する運も持ってるよ。女子に人気あるのも仕方ないよ」
僕の言葉に渡嘉敷さんは黙って頷くだけだった。
個人的に容姿で判断すると、レースだったら断然トップは渡嘉敷さん、次に三浦りんと阿部洋子と堀のぞみの横並び、ずっと後方に佐藤加奈がよたよたと走ってる感じ。
他人事だけど、佐々木争奪の恋のレースはどうなることやら……
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