第14話 ケンカ
次の日、2時限目の数学の授業中に鈴木はやってきた。
教室の後ろのドアがガラリと開くと、クラス中が一斉に振り向く。
カバンを肩に担ぎ、踵をつぶした上履きをペタペタいわせながら鈴木が入ってきた。
名前順で席が決められているので、鈴木の座席はちょうど教室のほぼ中央、僕は黒板に向かって一番左側の窓際の列で後ろから2番目に座っている。
鈴木が座席に向かうのを見ながら、
(今日くらい休めばいいのに……)
と、僕が思っていると、その意識に感づいたのか鈴木がキッと僕を睨みつけてきた。
金髪の上に乗っかったロウソクが真っ赤な炎をボーボー燃やしていて、僕の目にはスズイチの金髪以上に目立って見えた。
(うわぁ、完全に逆恨みだよ。参ったなぁ……)
鈴木のロウソクの炎の大きさを見て、正直、僕はビビった。もしかしたら放課後にヤキを入れられるかもしれない。それよりももっと早くこの授業が終わった後にでも向かってくるかもしれない。
数学の男性教師の清水先生が鈴木に『もう体はいいのか?』と尋ねると、鈴木は『ああ』と偉そうな態度で返事をした。そのせいで、教室内がさらに緊張した雰囲気になってしまった。
(改めて気づいたけど、勉強は嫌いなくせに不良に限ってちゃんと学校にくるんだな。もしかしたら学校を遊び場か何かと思っているのかもしれない。――それにしても学校を徘徊する不良は、大海を悠々と泳ぐサメみたいだな。何か少しでも変わったものや面白そうなものを発見するとすぐにかぶりつく。かぶりつかれないように小魚は群れを作って防御するけど、群れからはみ出された小魚はエサの対象でしかない)
グループからはみ出した小魚代表の僕は、授業中にどうしたら凶暴なサメである鈴木から逃れられるかそればっかりを、事故で少なくなった脳みそをフル回転させて考えていた。だけれど何も名案が浮かばず、あっという間に授業が終わった。
こういう時に限って中休みの20分のたっぷり休憩だった。次の3時限目が始まるまで、国語担当の男性教諭箱崎先生が来るまでの時間を、僕は捕食者の攻撃を乗り切らないといけない。
クラスのみんなもピリピリとした雰囲気を感じているらしく、休み時間になっても出歩くことなく自分の席でヒソヒソと話し込んでいる。
授業が終わると、コバンザメの岸が鈴木のところにペタリと近寄って何か話している。
彼らが何を話しているのかは、大体想像ができる。僕のことを話しているんだ。だって後ろの座席の僕を睨みつけながら話し込んでいるのだから……。
話し終えたのか、鈴木がおもむろに席から立ち上がると、岸と一緒にこっちにやってくる!
(ピンチだ! 絶体絶命だ!)
と思ったら、教室のドアが勢いよく開いて鈴木を呼ぶ声がした。
「お、いたいた! スズイチ、大丈夫かぁ!」
ワイシャツの胸元をはだけ、ブレザーをだらしなく着た男子生徒が教室に入ってきた。
顔は見たことがあったが、名前は知らなかった。後から聞いたら、隣の3組の常山雄一朗というヤツだった。2人は鈴木と同じ団地に住む幼馴染らしい。
常山は鈴木並みに高長身で体格も良く、せわしなく長髪をかき上げる癖があった。
「スズイチ、お前やられて病院に担ぎ込まれたんだって? だらしねぇなぁ……。どいつだよ、ビッコの山崎ってヤツは」
常山が教室を見回しながら笑って言うと、すぐ松葉杖を立てかけてある机に気づいて、僕の顔を値踏みするかように睨んだ。
(新たな捕食者の出現だ! 鈴木がサメなら、こいつはクジラも食い殺すシャチだ!)
こいつを見て、僕はそう思った。
「お、あいつか? なんだぁ、あんなヤツにやられたのかよ? だらしねぇ、俺がお前の代わりに仇を取ってやるよ」
そう言って、どけ! と言わんばかりに並んでいる机をなぎ倒して僕の目の前にやってきた。
その光景が、以前にテレビで見た砂地でくつろぐアシカに、陸に上がるのをものともせず一直線で襲いかかるシャチそのもの!
(ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。なんで関係のないあんたが出しゃばってくるんだよ。――うわ! こいつの頭の上の薄汚れたロウソク、興奮して黄色い炎がボーボー燃え上がってるよ! ケンカする気満々だ!)
心の中で悲鳴を上げてた僕だけど、見下ろす常山の視線をしっかりと受け止めていた。
攻撃されるのを警戒していると、
「おい、常山! よけーなことをするんじゃねーよ!」
突然、鈴木は常山に殴りかかった。殴られた拍子に、机や椅子を巻き込んで床に転がった。
「テメエ、何するんだよ!」
怒り狂った常山が手にした椅子を鈴木に投げつけた。
投げつけられた椅子が鈴木に当たらず、窓ガラスに直撃した。大きなガラスの割れる音が校舎に響き渡り、ガラスの破片が周囲に飛び散った。
キャー! というクラスの女子の悲鳴が上がり、それを皮切りに教室内では鈴木と常山の殴り合いが始まった。
2人のケンカは中学生とは思えないほどの凄まじさで、すぐにお互い顔が腫れあがり、口が切れたのか血を滴らせていた。
「やめないか!」
しばらくすると女子の悲鳴を聞きつけた教師数人がうちのクラスに飛び込んで来た。
常山の頭に椅子を振り下ろそうとしていた鈴木は、先生に羽交い絞めにされて抑え込まれた。それでも暴れまくる2人を5人の教師で必死に押しとどめ、2人を教室の外へと連れ出していった。
(ふぅ……助かったぁ……)
思わず、僕は安堵のため息をついた。
結局、3時限目の国語の時間は、ガラスの破片の片づけと、鈴木と常山の飛び散った血を拭き取るのと、ケンカの事情聴取で潰れた。
余計な仕事が増えてみんなブー垂れていたが、僕としてはラッキーだった。
捕食者同士が共倒れになって、小魚の僕が生き残った。こんな幸運が次も訪れてくれることを、僕は心から願った。
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