第13話 中学校生活

 僕が入学した立花中学校には、僕が行っていた蟹ヶ谷小学校と隣の高田小学校から生徒が集まってくる。


 蟹ヶ谷小学校はごく普通の小学校なんだけど、高田小学校は問題の多い学校だった。


 小学生の子供を持つお母さんたちの間では高田小学校の悪い評判は有名で、学区内に市営や県営の低所得者向けの住宅が数多くあるせいか片親も多く、子供の教育やしつけに無関心な親も多いという話しだった。そのせいか、いじめや不登校、暴力行為や学級崩壊が異常に多い学校だとか噂されていた。


 散々PTAのママ友に脅されたうちのお母さんが、「晶も学校でいじめられないように気をつけるのよ」と心配そうに言っていた。


 僕は、「ふーん」と他人事のように話しを聞いていたのだけど、まさか自分の身に降りかかってくるとは思わなかった。



 中学に上がると、僕はお母さんの運転する車で送り迎えしてもらっていた。松葉杖がないと歩くこともままならぬ足のせいだ。


 その日もお母さんに送ってもらい、校舎2階にある僕のクラス1年4組の教室に向かった。


 右手で松葉杖を持って体を支え、左肩にカバンを掛けてゆっくりと階段を上っていると、同じ小学校出身の同級生は、僕が大事故にあったことをみんな知っているので、何も言わなくても階段を上る際に荷物を持ってくれたり、肩を貸してたりしてくれた。


 そうして、みんなに囲まれながら教室に入ると、


「なんか、お前生意気だな」


 いきなり因縁をつけてくるヤツがいた。同じクラスメートで、高田小学校でもナンバーワンの問題児だったズズイチこと鈴木一(すずき はじめ)だった。


 本当に先月まで小学生だったのかと疑いたくなるような体格で、身長も170センチ以上もある。150センチになるかならないかの僕より、頭一つ分くらい大きい。でも、もっと驚かされたのは、逆立てた短い髪が金色だったことだ。今どき、こんな金髪はロック歌手でもやらないなと思ってしまったくらいだ。


 僕は、鈴木を無視して通り過ぎようとすると、


「おい、無視すんじゃねーよ!」


 と、いきなり胸倉をつかまれた。そして、もう一度言ってきた。


「お前、生意気なんだよ!」


 胸倉をつかんだまま顔を引き寄せ、目の前でガンをつける。


 生意気と言われても、どう考えても中学1年で髪の毛を金髪に染め、誰彼無しに因縁つけるようなヤツのほうが生意気だと思う。


 僕は胸倉をつかんでいる鈴木の腕を逆につかみ返した。


 リハビリのおかげか僕の腕の力はアップしているようで、腕をつかまれた鈴木は少しだけ眉を歪ませた。


「お前、ケンカ売ってんのかよ!」


 ケンカを売ってるのはどっちなんだよと言いたくなったが、そこは我慢して黙っていると、鈴木がいきなり僕の松葉杖を足で払ってきた。


 支えを失くしたせいで僕の体がガクンと後ろに倒れ込むと、無意識につかんでいた鈴木の腕を引き寄せ、松葉杖をなくした右手が泳いで鈴木の頭を払った。


 偶然にも柔道の投げ技のような恰好になって、2人とも床に倒れ込んだ。


「痛たたた……」


 僕は、倒れた拍子に傷めている足を打ってしまった。でも、触ってもそれほど痛みがなかったのでほっとした。


 倒れてもたついていると、転がった松葉杖をクラスメートの女子が拾ってくれて、僕に手渡してくれた。


 僕が松葉杖を支えに立ち上がってみると、まだ鈴木が床に横たわっている。


「おい、スズイチ! スズイチ!」


 同じ不良仲間の岸陽一が、鈴木の頬を軽く叩きながら声をかけた。


 岸は蟹ヶ谷小学校出身だが、不良にあこがれていたのか中学デビューを果たし、同じクラスのボス格の鈴木にすり寄ったヤツだった。


 僕は、ぐったりと横たわる鈴木を何気無く見ていると、目の端に奇妙な物をとらえた。


 トランプのダイヤ・マークみたいな形で尖った石にも見えたが、その先端部分には真っ赤な炎が灯っていた。


(あ! あれは、ロウソクだ!)


 僕は恐る恐る近づいて、床に転がっているロウソクを触ってみた。


 周りのみんなは、倒れたままの鈴木に目がいってて僕の不審な行動を気にも留めなかった。


(手にロウソクの感触がある! そういえば鈴木の頭にこんなロウソクが立ってた……まさか、ロウソクを触れることができるなんて!)


 僕が新しい発見に心の中で狂喜乱舞していると、突然、鈴木に声をかけていた岸が大声を張り上げた!


「おい! スズイチのヤツ、意識がねーぞ!」


 鈴木を揺り起こそうとしていた岸が、どうしていいかわからずオロオロしていると、そばで見ていたクラスの女子から『先生を呼んだほうがいいよ』と言われ、岸は鈴木をその場に置いて急いで1階の職員室へ先生を呼びに走って行った。


 残された鈴木は、その場でグッタリと横たわっている。


 教室内は騒然としていて、何人かは鈴木の元へ駆け寄り名前を呼んで意識があるか確認していた。


 僕も鈴木が意識がないと言われて、頭がちょっと混乱していた。いや、頭が混乱していたのは、左手に持つ鈴木の頭にあったロウソクのせいかもしれなかった。


 初め、真っ赤な炎を燃え立たせていたロウソクだったが、次第に白っぽい炎となり、その炎が人の心臓の鼓動ように一定間隔で大きくなったり小さくなったりと変化するようになった。


(これってヤバいかも!?)


 僕は直感的に思った。手にしていたロウソクの炎がビクン、ビクンと大きく燃え上がっていたのに、徐々にその間隔が緩やかになって炎の大きさも小さくなっていったからだ。


 僕は、急いで鈴木の元へ近づくと、曲がらない足に苦労しながら屈み込み、鈴木の状態を調べるふりをしてそっと鈴木の頭の上へロウソクを戻した。


 ロウソクを戻せると確信していたわけじゃない。ただ取れたのなら、またくっつけることも可能じゃないのか? と単純に思っただけだった。


 その直感が当たり、鈴木のロウソクが頭の定位置にとどまり、白っぽい炎がオレンジ色の炎へと少しずつ変化していった。


「う…… うう……」


 同時に鈴木もうめき声もらした。意識が戻ってきたようだった。僕は安堵の表情を浮かべた。


 そこへ、岸に呼ばれた先生たちが慌ててやってきて、鈴木の様態を確認した。


 先生たちが呼びかけてもまだ意識がはっきりしない鈴木のために、すぐ救急車が呼ばれた。


 鈴木が救急車に運ばれるまでの間、僕は担任の男性教諭の赤池先生に『何があったんだ』と教室で詰問された。


 赤池先生は、短髪の丸顔に太い眉、日に焼けた顔に無精ひげ。上背はないががっちりとした体格をしている。熊のような容貌から絶対に体育教師だと思っていたら、英語教師だというから笑ってしまう。でも、剣道部の顧問をしていることは頷けた。生徒に対していつも威圧的な態度をしてくるからだ。


 問題児の鈴木と同じクラスだったことは不運だったけど、赤池が担任だったことも不運だと思った。


 赤池先生に鈴木とのやり取りを説明するが、イマイチ納得してくれない様子だった。松葉杖の僕が、体のデカい鈴木をのしてしまったことを信じられないようだった。それでもクラスメート全員が現場を見ていて、全部鈴木が悪いことを証言してくれたおかげで納得したようだった。


 鈴木の腰巾着的な岸は、不満顔で何か言いたそうだったが、みんなが証言するように全面的に鈴木が悪かったので何も言えなかった。


 赤池先生は『わかった』と一言いって職員室へ戻った。たぶん、鈴木の親に連絡するのだろう。


 あとで高田小学校出身のクラスメートから聞いた話しでは、鈴木の家は市営の団地住まいで、父親と歳の離れた妹だけの3人暮らし、母親は子供2人を置いて出て行ったそうだ。生活環境には同情するが、それが因縁をつけてくることとは関係がないので、僕は鈴木を許す気にもならなかった。


 鈴木の救急車騒動で1限目のホームルームは自習になったが、クラスでは鈴木の話題で持ちきりだった。その際に鈴木の家族構成についても聞くことができたが、鈴木の性格も教えられた。


 鈴木は高田小学校にいるときもケンカっぱやくて、時には同じ団地に住む不良仲間にさえ暴力を振る始末だった。なので、不良仲間の間でさえも嫌われ者だった。だが、ケンカだけは強かったので周りが何も言えなかっただけみたいだった。


 話しを聞いて、あの尖った鈴木のロウソクの形は、誰に対しても攻撃的な象徴なのではないのかな、などと考えていると、


「山崎、これから大変だな。お前、絶対スズイチに目をつけられるぞ。あいつ、しつこいからやられたら絶対にやり返してくるぞ」


 と、同じ小学校出身のクラスメートに同情された。


 その日の放課後になると、どういう風に話しが伝わったのか知らないが、高田小のボスの鈴木が、蟹ヶ谷小の松葉杖の山崎に投げ飛ばされて病院送りにされたという話しが、尾ひれだけじゃなく胸びれや背びれまでついて学校内に広まっていた。


 やっぱり僕の不運は、今年も続いているようだった。

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