第8話 リハビリ&デート
入院から2ヶ月を過ぎると、僕は車椅子を使って動き回れるようになった。左腕のギブスは取れて包帯だけになったけど、右足のふとももにはボルトや金属プレートが埋まっている状態なので、まだギブスが取れなかった。
ギブスのせいで入院から1回も足を洗ってないから、もの凄く痒くなる。ギブスの隙間から鉛筆や割り箸を差し込んでボリボリと掻くと、小汚い垢がボロボロと際限なく出てくる。その垢の嗅ぐとツーンと鼻をつく臭いで、僕はもっとギブスが嫌いになった。
それでもベッドで寝たきりの生活が長かったので、車椅子でも動き回れるようになったのは嬉しかった。僕はリハビリを兼ねて、病院内をゆかりちゃんと一緒に探検するのが日課になった。
昨日は、慣れない車椅子に悪戦苦闘しつつも、ゆかりちゃんに押されながら小児病棟の一階ロビーまで行って、大型テレビでやっていたディズニー・アニメを見て帰ってきた。今日は、隣の一般病棟を探検するつもりだ。
朝食の素うどんとキュウリと大根の浅漬けを、ゆかりちゃんと一緒に『まずい、まずい』と言いながら食べ終わると、早速出発した。
今日のゆかりちゃんは、真っ赤な生地に黄色いパンジー柄がプリントされたバンダナを頭に巻いている。僕もゆかりちゃんを真似て黒いチェック柄のバンダナを巻いてみた。髪の毛が伸びてきて大分目立たなくなったけど、頭に残った野球の硬式ボールの縫い目みたいな手術痕を隠すためだ。
バンダナ姿の僕たちは、自分たちの病室のある4階からエレベーターで1階に下りて、裏口から中庭を通って一般病棟にやって来た。
一般病棟一階の外来患者用のロビーは、小児病棟の賑やかな雰囲気とは違って、いかにも病人の集団という陰気臭い雰囲気を醸し出していた。
僕は、ロビーにいる人々を見て目を輝かせた。
(やっぱり僕の思った通りだ! 子供と違って大人たちの方が色んな形のロウソクをしている!)
ロビーの安物のソファに座っている人の中に、頭の上のロウソクが槍の穂先のように尖っている人がいた。売店でスポーツ新聞を買おうとしている人は、名刺のような薄っぺらいロウソクをしているのが見える。薬をもらうために待つ人の中にはリンゴみたいな形のロウソクをしている人もいるし、今病院に入ってきた人は、ヘビがとぐろを巻いているように渦巻状のロウソクをしている。
小児病棟の子供たちのほとんどは普通の白いロウソクが立っているだけだったけど、ここにいる大人たちは、今まで見たことのない形ばかりだった。ロウソク自体の色も、その大半が灰色がかっていて汚れている。
僕が食い入るように病院内の人たちを見ていると、ゆかりちゃんが不思議そうな顔をして訊いてきた。
「晶くん。なんでそんなに嬉しそうに人を見てるの?」
僕は、本当のことを話すかどうか迷った。頭の上にロウソクが見えるなんて言ったら、ゆかりちゃんに嘘つきと思われて嫌われると思ったからだ。でも、ゆかりちゃんに嘘を言いたくはない。
「ゆかりちゃん、僕がこれから話すことを信じてくれる?」
僕がゆかりちゃんの目を真っ直ぐに見て言うと、ゆかりちゃんは黙って頷いた。
僕は、ゆかりちゃんにすべてを話した。事故にあった後、病院で意識を取り戻してから人の頭にぼんやりとロウソクが見えるようになったことや、ロウソクが人によって長さ・色・形が違うことや、その時の人の感情によって炎の色が変わることや、長さが寿命と関係があることなどを話した。でも自分の頭の上のロウソクだけが見えないことは言わなかった。
静かに聞いていたゆかりちゃんが僕に聞いてきた。
「じゃあ、わたしの頭の上のロウソクはどうなってるの?」
「えっ! ゆかりちゃん、僕の話しを信じてくれるの?」
僕は、驚いて聞き返した。
「うん。晶くんは、そんなことで嘘なんかつかないもん。それより、わたしの頭の上のロウソクはどうなってるの? 早く教えてよー」
ゆかりちゃんが僕の話しを全く疑う様子もないのを見て、本当に嬉しかった。僕は、弾んだ声でゆかりちゃんのロウソクの色や形を詳しく教えてあげた。
それ以来、リハビリを兼ねた僕の散歩の度に、病院内にいるすべて人のロウソクがどうなっているのか、知りたがり屋のゆかりちゃんに教えることになった。
でも、長く続くと思っていたゆかりちゃんとの毎朝のリハビリ&デートは、唐突に終わりを告げた。
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