第7話 出会いと別れ(菊池洋平)
ゆかりちゃんが4人部屋の最後の友人を紹介してくれたは、僕が集中治療室にいた時に入院してきた子で、菊池洋平くんといってまだ5歳の男の子だった。
ずっと微熱が続いていた洋平くんは、心配したお母さんに連れられてここの病院に診察を受けに来たのだけど、原因がわからずそのまま検査のために入院することになった。
まだ小さいこともあって入院した当初の洋平くんは、夜になると『ママ、ママ』と泣きじゃくって大変だった。でも、ゆかりちゃんが抱っこしてあやしたり、一緒に寝てあげたりしてなだめ役を率先してくれたから、なんとか洋平くんはお母さんのいない夜を泣き出すことはなくなった。僕も貰ったポータブル・ゲームを洋平くんに貸してあげたりして、なだめるために一役買った。
洋平くんの世話は大変だったけど、洋平くんが慣れて懐いてくると、ひとりっ子の僕とゆかりちゃんは弟ができたみたいで嬉しい気分になった。
(お母さんに頼んで弟をつくってもらおうかな?)
なんて思ったりした。
そんな洋平くんは元気でわがまま仕放題だったので、周りのみんなも大した病気ではなく、すぐに退院できると思っていた。だけど、洋平くんの病気がただことじゃないことが、なぜか僕にはわかった。洋平くんの小さな頭の上に乗ったロウソクが、他の人に比べて異常な速度で溶け出しているからだ。僕は、母親に駄々をこねる洋平くんを見つめながら、悪い予感が当たらないことを神様に願った。
――でも、しばらくして僕の願いが神様に届かなかったことを知った。
あれほど元気そうに見えた洋平くんが、入院して15日目辺りからベッドから起き上がれなくなっていた。酸素吸入器を口に当て、幼い小さな腕には点滴のチューブが刺さり、点滴のこぼれる一滴一滴が痩せ衰えていく洋平くんの命を削っているようだった。その頃になると、洋平くんのお母さんは簡易ベッドを横に置いて付きっきりの看病をしていた。
洋平くんの頭の上のロウソクは相変わらず凄いスピードで溶けている。20センチぐらいあったロウソクの長さが、今では1センチもない。灰色がかったロウソクの炎も、そよ風程度で消えてしまいそうに小さかった。
入院して20日目に洋平くんの手術が行われた。その同じ日に、結城順くんが洋平くんを心配しながらも退院していった。洋平くんと順くんがいなくなってガランとした病室で、僕とゆかりちゃんは静かに洋平くんの帰りを待った。洋平くんの元気な姿を思い浮かべながら……
手術から2日後、僕らの願いも空しく、洋平くんは死んだ。手術後、1度も意識が回復しないまま死んだ。
洋平くんは小児ガンだった。病院に診察に来た時には、肝臓にできたガンはかなり進行していたばかりか他の臓器にも転移していたそうだ。手術は最後の賭けみたいなもので、結局、洋平くんの体力では持ちこたえることができなかった。
僕はこんな形で知りたくもなかったけど、ロウソクの長さが寿命と関係していることを知った。それと同時に洋平くんのお母さんの灯していたロウソクの黒い炎が、絶望を意味していることも知ってしまった……
僕とゆかりちゃんは、ポッカリと空いた洋平くんがいたベッドを見て泣いた。小さな命でも神様は容赦なく奪っていくことを知ってさらに泣いた。僕は、洋平くんの死を目の当たりしないで退院していった結城順くんが羨ましく感じた。
僕とゆかりちゃんは、洋平くんの死のショックから立ち直るのにしばらく時間が必要になった。
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