第6話 出会い(結城順)

 友達となったゆかりちゃんは、同室にいる他の子を僕に紹介してくれた。


 そのひとり、僕のところから通路を挟んで向かいのベッドに結城順くんがいた。順くんは、小さい時から小児喘息で何度も入退院を繰り返していて、ゆかりちゃんが入院している間に、すでに1回入院したきたそうだ。


 順くんは僕とゆかりちゃんと同じ小学校6年生なのにガリガリの痩せっぽちで、体も小さいから小学校の低学年だと言われてもわからないほど幼く見えた。僕の初めの印象は、根暗そうなひ弱な子という感じだった。


 順くんは、昼間は比較的元気なんだけど、夜になると必ずといっていいほど喘息で苦しみ出す。ヒューヒューと喉を鳴らす喘息特有の呼吸音は、まるで立てつけの悪いガラス戸に吹きつける冬場の空風のような音だった。


 ここの病室に移されてから毎晩のように聞こえてくるその怪しげな音に、僕は怖くて寝ることができなかった。後になって音の原因が順くんの呼吸音だとゆかりちゃんに教えてもらった時は、本当に安心した。僕は、この病室に幽霊がいると本気で信じていて、いつも半べそをかきながら朝が来るのを寝ずに待っていたからだ。


 順くんは喘息が止まらなくなると、いつもどこかに消えてしまう。看護士のお姉さんに何も言わないで出て行ってしまうので、僕は心配してゆかりちゃんに訊いてみた。


 ゆかりちゃんによると、順くんは呼吸が苦しくなると風通しの良い屋上に行って、呼吸が落ち着くのをひたすら待っているそうだ。その時のひざを抱えて待つ順くん姿が、まるで捨てられた子猫の姿みたいだったとゆかりちゃんは言っていた。


 順くんは、呼吸が楽になると病室に戻ってくる。でも、苦しくなるとまた屋上へ行く。ひどい時は、それを何回も繰り返す。あまりにも喘息がひどいと点滴を打たれて一晩を過ごすことになる。そんなんだから、順くんは喘息のせいで毎日寝不足になっていた。寝不足のために体力が奪われ、抵抗力が落ちるから喘息になる。完全な悪循環だった。


 喘息持ちの順くんには、制限がたくさんあった。彼は、元気になっても走り回ったりすることは絶対にない。急な運動は、喘息を引き起こすからだ。


 それから決して動物には近づかない。病院の玄関前に群がるハトに近寄っただけで喘息が出てしまうのだ。動物が巻き上げる埃や体に付着しているダニなどにアレルギー反応を示して喘息になるのだそうだ。


 あと順くんはお腹一杯にご飯を食べない。順くんによると、お腹一杯に食べた夜は必ず喘息になると言う。だから病院で出される食事は半分も食べない。そのせいで益々手足が棒切れのように細くなっていった。


 順くんは見るからに病弱で弱々しいけど、彼の中身は違った。普通、病気を患っている人の頭の上のロウソクは、心が沈んでいることを示す青白い炎が灯っているはずなのに、順くんは他の人とは違う。


 順くんの頭の上のロウソクは彼に似て細かったけど、炎は喘息の症状が出た時には赤茶けた色を燃え上がらせている。その燃え盛る炎が、病気に対しての怒りや苦しみに耐える力を表しているように感じられた。一見、ひ弱そうに見える順くんは、芯は強い子なのかもしれない。外見ではその人の本当のことは何もわからないのだと、僕は思った。

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