第3話 能力発現

 目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。


 僕は、事故から丸々5日間、昏睡状態で生死の境をさまよっていた。目覚めた時のことは、意識が朦朧としていてほとんど記憶がなかったけど、頭が割れるほど(実際、本当に割れていたけど)痛かったことと、ゲッソリと痩せこけた顔で僕のことを心配そうに覗き見るお母さんの顔と、目覚めた僕を見て大泣きするお父さんの初めて見る姿だけは、おぼろげながらも今でも覚えている。


 意識を取り戻してからも、まだ予断を許さないということで、僕は数日間集中治療室に留まった。その間に事故のことをお母さんに聞かされた。


 僕を轢いた加害車両に乗っていたのは、事故現場近くの大手自動車ディーラーの28歳の男性営業マンだった。事故は、その男性が午前の得意先回りを終え、お昼になって一旦会社に戻る途中で起きた。


 営業マンが事故現場となった交差点に差しかかった際、減速しようとブレーキ・ペダルを踏もうとした時に、得意先でもらった缶コーヒーが運転席に転がってきて床とブレーキ・ペダルの間に入り込み、ブレーキができなくて事故を起こしてしまったそうだ。


 ほとんど減速もしないで交差点に突入した車に轢かれた僕は、ゴムボールのように10メートル以上も跳ね飛ばされた。そこへ、同じくマコの家に向かっていたオギと森本が、事故の瞬間を偶然目撃した。


 2人は、アスファルトに叩きつけられ血だらけになって道路に横たわる僕を見て、大慌てでマコの家に行き、救急車と僕の家へと連絡をしてれた。


 僕は、マコたちが呼んでくれた救急車で区内にある大学病院に担ぎ込まれると、すぐに緊急手術が行われた。


 手術が始まってしばらくすると、連絡を受けたお母さんが病院に駆け込んできた。それを待ち構えていたように、病院の先生が半狂乱になっているお母さんを落ち着かせながら、僕のケガの状態を細かく説明した。


「頭部強打による頭蓋骨骨折に脳挫傷、それと急性硬膜下血腫を起こしています。あと右大腿部と脛骨の開放性骨折、左前腕部も骨折しておりますが、それよりも頭部のケガが心配です。頭部の出血がひどいので、頭蓋骨を外し、脳硬膜を四方に切り開いて損傷した脳組織を取り除くと同時に出血を止めなければなりません。手術の成功の確率は非常に低いです。それも手術が成功したとしても、何らかの後遺症が出る可能性があります。そこのところ覚悟しておいてください」


 冷静に話す先生の言葉を聞いて、お母さんはその場で卒倒してしまった。


 僕の8時間以上にも及ぶ手術は、一応大成功に終った。後に担当の先生が、『このケガで後遺症もなく無事に退院できるなんて奇跡としかいいようがない』といわれるほど、僕は運が良かったらしい。


 だけど、担当の先生は後遺症がないといったけれど、本当は後遺症があったんだ。それを知っているのは僕だけだった……


 僕が異変に気づいたのは、手術から10日目ぐらいの時で、やっと頭痛も和らぎ意識もはっきりし出して、少しなら会話もできるようになった頃だった。


 その日、僕は集中治療室から小児病棟の病室に移されることになっていたので、朝から看護士のお姉さんたちが僕の周りで忙しく動き回っていた。お母さんも身の回りの世話のために朝早くからきていた。


「晶ちゃん、気分はどう?」


 頭には包帯が巻かれ、顔には擦り傷のためのガーゼを張られた僕の顔を、お母さんは覗き込むようにして調子を見る。


 頭が動かせない僕は、目だけを動かしてお母さんを見た。ケガ人の僕が言うのもなんだけど、お母さんは重病人のように青白く、顔色が悪かった。


 僕が昏睡状態に陥っていた5日間、お母さんは病院に泊り込んでつきっきりの看病をしていたそうだし、意識が回復した後も朝から晩まで付き添ってくれていた。


 あれほど痩せない痩せないといって、健康器具やダイエット・サプリメント買い漁っていたお母さんが、この数日間で頬の肉がこそげ落ち、げっそりと痩せている。まるで別人だった。目の下にくまができて、シワも目立つ。肉体的にも精神的にも、疲れがピークに達しているのだろう。やつれて以前より10歳は歳を取った感じに見えた。


 僕は、お母さんに家に帰って少し休んでと言おうとしたが、お母さんの頭の上に見慣れぬものが乗っかっているのに気づいて、思わず言葉を失った。


(……あれ!? なんだろう!?)


 お母さんの頭の上には、白っぽい筒状の物体が乗っており、その筒状の先端には、緑色の小さな炎が弱々しく灯っている。僕には、ロウソクのように見える。


「晶ちゃん、どうかした?」


 お母さんが不安な表情で僕に訊いた。


 さすが母親。ガーゼとぐるぐる巻きの包帯で顔の表情はわからないはずなのに、僕の目の動きだけで異変に気づいたようだ。


「お、お母さん…………頭の上に…………何か…………乗っかってる…………」


 たどたどしい発音で何とか話すと、僕はもう一度お母さんの頭の上を見た。――やっぱりロウソクだった。


「あらヤダ、お母さんの頭に何かついているの?」


 お母さんは、髪の毛を整える仕草をして頭を触った。だけど、お母さんの手は、頭の上にあるロウソクを素通りしていく。


(あれ? ロウソクには触れないみたいだ………いったいどうなっているのだろう………)


「お母さん…………頭の上に…………ロウソクが…………立っているのが…………見えるよ…………」


 僕がロウソクを不思議そうに見つめていると、緑色の小さな炎が一瞬黄緑色に燃え上がった。


「晶ちゃん、お母さんをからかわないでちょうだい。頭にロウソクを立てて病院に来るわけなでしょう。でも冗談が言えるようになったということは、ケガも良くなってきている証拠ね」


 お母さんが、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。炎の色がオレンジ色になった。


 だけど、僕がじっと見つめる姿を見て、お母さんは僕が冗談を言っているのではないことに気づいたようだ。


「ホントに見えるの?」


 お母さんが恐る恐る訊いてくる。


「うん…………10センチくらいのロウソクで…………緑色の小さな炎が――」


 そこまで言うと、お母さんの顔が血の気を失って見る見る青くなった。頭の上のロウソクの炎も同じように青く変色している。


 お母さんは、僕の話しを最後まで聞き終わらないうちに、ナース・ステーションに走り出して先生を呼びに行った。


 すぐに何人もの医師や看護士がやってきて、僕は入れ替わり立ち替わりで質問攻めを受けることになった。


 僕は頭の痛いのを我慢して、人の頭の上にロウソクが見えることを何度も伝えた。現に、お母さんだけでなく、僕の話しを聞いている先生やそばにいる看護士の頭の上にもロウソクが見える。それでも僕の言うことなんて誰も信じなかった。


 担当の先生は、『頭を強打したせいで一時的に幻覚が見えるのでしょう。とりあえず、もう一度精密検査をしてみましょう』と軽く聞き流されて1日が終わった。

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