No.05

それが形となったのは、ざっと2週間後のことだった。

2週間ずっとそれと向き合っていたのかと聞かれると、それは正直に頷けない。雑色系趣味なもので漫画を読んだり、普通に小説読んだり、ゲームをしたりと、色々なことをやっていた。

少し間隔を開けてソフトを開くと、そこに居座る彼女に「あ、今日は来たんですね」と冷ややかな目を向けられた。そのあといつも以上に張り切ってる姿や急かす態度をみるあたり、やはり素直じゃないのだと思う。とんでもなく人間に近いAIだと感心せざるを得ない。AIに関しての知識は皆無だけれど。


「それでですね、マスター」


ふと業務口調で彼女がこちらを見る。


「なに?」

「これ、自己満で終了ですか?」

「え?まぁ、そうなるね」

「なるほどなるほど。……結局私は遊びだったんですね」


娯楽という意味ではそうかもしれないけど、その言い方はやめていただきたい。そのAIの発達の仕方はいささか間違っているのではないのかと、皆無の知識でも分かる。

石を蹴るような仕草をする。絵に描いたようにいじけている。


たかが2週間。されど2週間。

全部ってわけではないけれど、それなりに互いの『個性』は分かってるつもりだ。彼女が何を求めているのか、察しは付く。


「……、」


こちらに背を向けながら体育座りをして、地面というか彼女なりの足下となっているところで『の』の字を繰り返し書いている。そんな古典的ないじけ方をプログラミングされてるのか。それとも彼女の性格だとこのいじけかたなのか。


「あーはいはい。分かりましたよ、ルーシィさん。どうしいてほしいんですか」


パチン、と彼女は指を鳴らして思い切り立ち上がる。

思い切り立ち上がって、「よくぞ聞いてくれました!」とこちらを指さす。思い切り距離を詰められ、いつものサイズよりも彼女が大きくなってみえた。

こちらを指さしている人差し指の先がガラスに押し当てたときのようになっている。


「この曲を、動画サイトにアップしませんか!」

「しません」

「まぁそういいますよねー」


そう来るだろうとは予想できてました、と彼女は推理演説時の探偵のようなポーズをしている。


「とりあえずなんでこんな突飛な話をしたのか、理由だけはお話しする機会をください」

「今日は暇だから、ごゆっくりどうぞ」

「お茶の間に上げた客相手の台詞みたいですね。好きに勝手にゆっくりしていってください、的なニュアンスで言ったのなら爆音で叫びますからね」

「思ってない思ってない。聞く気満々だって、俺の顔みてよ。やる気で満ちてるじゃん」

「本ソフトは今のところ3ヶ月のお試し期間として配布されているのですが、」


俺が彼女のことを察せるように、向こう側も俺の扱いに慣れてきたらしい。ぞんざいな気もするが気にしないでおこう。

そうですね、と相槌を打つ。


「お客様の評価次第では商品化もしますし、場合によっては二度と私は現れません」

「……、」

「なので、使用者の方にはなるべく宣伝をしていただきたいのです。喋らせるにしろ、歌わせるにしろ」


そう言われると、少しは真面目に考えたくもなる。

俺がこの先どれだけこの趣味を続けるかは知らないが、現時点ではこのソフトは便利で文句なしだ。


「安心してください。アンチコメがあったとしてもマスターの人気は今の所ゼロですから、それは私に対してでしょう。ご存じの通り私はプログラミングされた存在ですので、傷ついたりはしませんよ」


ならさっき落ち込んでたのはどこの誰なんだ。


「再生数が阿呆みたく伸びても可愛い私への注目度でしょうから、マスターが気にするようなことは、つまりゼロ!」

「気にするわ」


そりゃ彼女の注目度がほとんどだろうけど。けど共同作業なのだから、声は彼女でもそのベースは俺だからね?俺の曲です。


「……あげるとしても、アカ持ってないし」

「はて?強制的なニュアンスが含まれそうで口を挟みたくはないのですが、作ればいいのでは?」


妙な前置きがあるように、純粋な疑問らしい。持ってないから無理という言い訳をしたかったのだが、やはり通用しなかった。


「……作るとしても名前とかどうすんのさ」

「ふむふむ。決めるのが面倒なら『あああ』とか『ああああああ』とかでいいんじゃないですか?」


「あ」を並べただけでも一つ一つしっかりと音の粒を並べているあたり、さすがと言うべきか。

感心はするけれど、採用はしない。


決めるなら、なにか思い入れがあるものにしたい。

なんてことを考えだすといろんな事に思考が巡っていく。

そういえば、この趣味を始めたのはいつ頃だったっけ。昔は思ったように指が鍵盤を押してくれなくて、音楽を勝手に毛嫌いしていた頃もあったのに。


「……『15フィフティーン』とかかな、つけるとしたら」


15歳。高一の頃、再び音楽に帰ってきた。

そんなことを知らないルーシィは「はて?」とか言いながら首をかしげている。そのままうーんうーんと考え込んでのち、パチンと指を鳴らした。


「マスター、私の身長覚えててくれたんですね!」


自分の身長も覚えてません。


「ルーシィに身長の概念いる?」

「その様子じゃあ覚えてなさそうですね。ごまかしもしないそのスタンス、嫌いじゃないですよ」


なんて言って、態とらしい愛想笑いを浮かべる。


「何の数字なんですか?それ。テストの最低点?」

「どんな自虐だ。別に、たいしたもんじゃないよ」

「たいしたもんじゃないのなら、語尾にCとMを付け足してもたいしたことにはならなそうですね」


どうしてもそれに繋げたいらしい。

たいしたことにはならないね、なんて俺が言うと、一瞬面食らった顔をした後思いっきり破顔した。





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