No.03

「……ところで、打ち込み?ってのはどうすればいいの?」


俺はよく分からないシステムの上でカーソルを右往左往させる。


「そうですね、慣れてる人とかはここら辺をちょちょちょーっといじくります」


そんなカーソルを彼女は両手で掴み、ぐぐぐっと背伸びをしながら教えてくれる。

カーソルを俺が更に上に移動させてみると、彼女の足が浮いて「降ろしてください!」と抗議された。そのままぶらぶらと動かしてみると、「マスター!」と叱られたのでゆっくりと降ろす。


「人の親切心なんだと思ってやがりますか!」

「ごめんごめん。とりあえずここらへんをどうにかすればいいんだね?」


そうですよ、と怒りながら答えてくれた。


「でもマスターのポンコツ頭で操作できますぅ?」

「できません。どうか手取り足取り教えてください」


軽く頭を下げると、ふふんと彼女は胸を張る。


「この私めにお任せください!」

「勝ち気ってのも何か違うんだよな……」

「何か言いました?」

「いいえ」

「私が内蔵カメラと連動してるって言ったの覚えてますか?」

「マイクとも連動してるって言ってましたね」

「おぉ、よく覚えてますね」


下手すれば数分前の話ですからね。


「マスターが譜面をお書きになれるのであれば、カメラの前にかざしてください。読み取れます」

「マジで?」

「汚い字は読めませんけどね」


俺は自分の字を思い出す。読めないほどではないけれど、機械が認識できるほど整ってる字かと問われると、自信は無い。まず筆圧が薄いので認識してもらえない可能性の方が高い。


「四の五の言わずにお見せなさいな」


彼女のキャラも迷走している気がするが、とりあえず見せなければ何も始まらない。

俺は試しに一枚の紙をPCのカメラの前にかざす。

すると彼女の隣に、俺が持っているものが彼女と同じ背丈ぐらいに縮小されたものが提示された。

彼女はそれを正面から見て、「うーん」と唸る。俺も似たように唸りながら、ペン立てに手を伸ばす。


「マスター、ネームペンでなぞってください」

「ですよね」


彼女にそう言われ、俺は掴みかけていたボールペンからすぐ隣にあった黒ペンに指を伸ばした。

キャップを外し、上からなぞる俺に「速くしてください」と急かす彼女の声。

その声に、「はいはい」と相槌を打ちながらも、俺は速さよりも丁寧さを優先した。

マイペースになぞった後に、再び彼女に見せる。


「ふむふむ」と反応が変わったあたり、読み込めはしたのだろう。


「これ、置き換えちゃっていいですか?」

「どゆこと?」

「こゆことです」


惚れ惚れするほどの滑舌の良さでドラムロールを歌い、そのまま「バン!」と彼女の後方――ソフトの主な機能の方を指さす。

先ほどまではメニューしかなかったような地味な画面に、一気に譜面が生まれ、確かにそこに映されたのは俺が彼女に見せた、俺の曲。


「はじめの一歩、クリアですね。マスター」


ソフトだからなのか、淡々とした表情で彼女は言う。でも売りであるその声は俺よりも弾んでいるようだった。


「今あるこのメロディとベース、これに他のパートを加えることももちろんできますし、隠さずいうなら歌わせやがれ」


相変わらず勝気とはどこかずれた口の悪い彼女だけど、軽やかに弾む声にすべてを許そうと思う。かわいいは正義とはよくいったものだ。


「どうやったら歌ってくれる?」

「私に歌ってほしいところ教えてください。したら勝手に歌います」

「ほぉ、便利だね」

「でしょでしょ。PC起動時はいつだって勝手に歌います」

「便利じゃないね」

「熱い掌返しですね」


俺と彼女は2人して笑いあった。

画面内の少女に向かって話してるなんて親が見たら卒倒ものだろうけど、大目に見ていただきたい。

俺がこの話題をふれるあいても、彼女が喋れる相手も、互いしかいないのだから。

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