第6話 マキナ
ゴクリと唾を飲み込んで、マキナと遊ぶことを想像する。木陰で、小さな池で、蓮の花や王宮内の崩れた玉座で、王様ごっこをする。また夢を何度も繰り返す。マキナと過ごす優しい日々に、時々赤ん坊の声が混ざる。足が重くなる。屋上で何が起こっているのか、まったくわからない。
(帰ったらマキナ、帰ったらマキナ)
冷静に、的確に歩みを進めようとする。石段は汚物でベットリと汚れていたが、加工されたブーツでなんとか滑らずにすんだ。
疲労と水分、タイムリミット、いつ襲ってくるかわからない翼の民。剣は、滑って落としてしまったり、手に力が入らず、弾かれるかして、気が付いたらどこかへ飛んで行ってしまいそうなくらい頼りなく思えてきた。
下をのぞくと、薄暗くて一階がよく見えないところまでは上がった。途中、階段が途切れている箇所があったが、腐食していない金属製のハシゴが近道としてかけられていた。足を滑らせないようにしっかりと掴んで登った。頑丈だった。ここを歩んで調査に向かったかつての先人に感謝した。手応え良く踏ん張れる。
(でももし……もしここでハシゴが折れたら……)と、思うと、腰がひけるし、落ちて衝撃で防護服に何らかの隙間や破裂が出来た場合、大量の汚物が中に入り込み、吸い込んで死ぬ。
だめだ、考えるな。考えるべきはただ一つ。帰ったらマキナ、帰ったらマキナ。先人の跡にすがるように続いた。しばらく進むと階段が途切れていて、壁にくさびが強く打ち付けられていた。だが、このくさびは明らかに時代がかっていて、防腐処理が甘く、強く踏むと折れそうだった。できるだけ重心が均等に行き渡るようにして、素早く登る。上に辿りついてから、小休止して、立ち上がる。階段をまた登り続ける。くじけそうになっては、「帰ったらマキナ」を呟き続けた。
壁に大きな穴が開いてある箇所があり、外に階段が続いていた。これも誰かが後に付け足して作ったものだろう、くさびより更に前の年代のものらしく、崩れそうだった。私の体重には何とか耐えてくれた。
私には、先人の残した一つ一つが墓碑のように思えた。落ちないことを祈ると同時に、彼らの冥福を祈った。登っている途中か、下りる時か、命をかけて、塔のルートを確保して――調査隊はここまで来た。汚物から、翼の民から、いかに身を守るか。翼の民をいったん捕らえて、ここまで下りてきて、斃れたのかも知れない。誰も生け捕りにできたことがないということは、執拗に追ってきたということだろう。捕まえるだけでなく、追われながら、マキナを守りながら、戦わなければならない。
「…………」
ハシゴやくさびや外階段を使って下りようとしても、奴らは、階段を途中で崩して降りられなくする手段をとるかもしれない。その対策を考えるんだ。あのハシゴのあたりから、一階の汚物の湖まで飛び降りる。ロープをうまく使えば助かるか? ダメだ、衝撃に耐えられるとは思えない。どうする……。
外階段を上がっていると、高みから見える光景は、太陽と街と山。それ以上でも以下でもなかった。こんなのを見下ろして、何が面白いんだ……? 私は塔から王のように街を見下ろすことなどどうでもよくなっていた。
(マキナをもう一度見る。マキナをもう一度見る)
マキナを連れて、一階まで下りて、分厚い木の扉をくぐり、あの森を抜けて、鉄の扉を開けて、防護服を脱いで、体を清めて、翼の民を売り飛ばして、お金をもらって、ゆっくり好きに暮らす。
外階段が行き止まり、また塔の内部に入る。落ちないよう、慎重に足を一段一段進めていく。疲労が増す。昇ること以外に、何も考えられなくなってきた。逆にストレスが減った。このまま集中する。塔が消え、私とマキナがつながっていくように思えた、時。
――パシャン。
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