第4話 マキナ

 調査団の攻撃により墜落した翼の民は、落ちている途中に急激に腐敗し、毒性のあるガスを出して地中へと溶けていくという。生きたままの捕獲は未だ誰もなしとげられていない。

 翼の民は元王族説、古代兵器説、環境破壊による奇形人間説、宇宙人説と様々あるが、私が歴史書の整理をしていて、目を通す限りは、革命で殺された王族であろうと思われた。が、生き残って王の血を引き継ぎここまで続いた私は、彼らを王族とも同胞とも同じ人間とも何とも思っていない。空から糞をまき散らし、敗れ去ったことを受け入れられない亡者だ。翼に頼って、人を見下ろすだけのゴミ屑だ。自由なフリをしている成れの果てだ。言葉の通じない汚らわしい生き物だ。


 ああ、マキナ、マキナ、どうして――。


 私はいつの間にか資料がグシャグシャになるほど泣いていた。

 塔そのものは、文献として残っているよりも更に古代の文明が建てたものだ。いつからそこにあるかははっきりとはわからない。昔の王は、塔の頂上から民達のかまどの煙を眺めて満足していた。民は太陽のように王を崇めた。王が見ているから、誇りを持って働こう。皆が、謹厳実直だった……あの雲は、王がお隠れになったという徴だ。だが私は、もう一度王族としてあの頂上に立ち……民草を見下ろし、マキナと一緒に歌をうたう夢を見るのだ。


 週末の朝は雨だった。塔を覆う雲は手で掴めそうなくらい重々しく膨らんでいた。


 塔の一階部分をぐるりと囲む立ち入り禁止の鉄板の手前で、マクロから真新しい調査装備を渡された。水潜服のように、重く、密閉されている。全身に隙間はなく、空気清浄装置の箇所で呼吸する。フィルタ部分以外に、外気が入るところはない。

 立ち入り禁止の錆びた扉を押すと、あっさり開いた。

 翼の民の出す強酸性の息や、塔内の腐敗臭や汚水に耐えられるよう、全身を防護してある。武器は剣、ボウガン。それだけだった。

 調査とは、翼の民を生け捕りにすることだ。毒液を吐き、強烈な悪臭を放ち、力は常人を上回り、鼓膜を破る叫び声をあげる翼の民を捕まえるのは、困難を極める。

 防護服はこれらを全て一応は防いではくれるが、複数の翼の民に攻撃を受けた場合、一溜まりもない。


 塔を登る途中で倒れたら……マキナとの日々は……それだけは絶対にダメだ。


 私はマキナとつながって、またあの木陰で涼み、それから調査で捕まえた翼の民を売り飛ばして得たお金でゆったりと過ごすんだ。

 そうすればマキナと共に王国の夢を見続けられる。

 ここから元の王宮に戻って、何度も何度も、民を再び支配できる日を味わい続けられる。

 つながり終わった後は、マキナと笑いあう。

 そうだ。

 私は別にこれから政治をするわけじゃない。お金を大量に稼ぐわけでもなく、ただ穏やかに、平和に過ごせる私でありたいだけ……マキナ、翼の民からどんな仕打ちを受けているだろう。


 翼の民はきっとマキナとつながって、自分達が革命に遭う前を思い出し、快楽に耽っている。王宮での贅沢三昧。滅んで当然だ。あんな奴ら。


 私は防護服の最終点検を終え、歩みを進めた。

 塔の周辺の禁止区域にあたるところは、巨大な森だった。歩みを進めると汚物にまみれた土壌に膝が隠れるまでめり込んだ。少しでも隙間があれば臭いが侵食し、肺が冒されて窒息してしまうだろう。


 目の前には空を覆う壁のごとくそびえる塔があった。

 歩めども歩めども辿り着かなかった。

 雨は急にやみ、太陽が照りつけた。防護服の中で汗が止めどなく流れる。

 湿気がとにかくこもる。少し首を動かして、防護服内のストローから水を飲む。喉の渇きが治まらない。ハイペースで水分補給する。


 塔の前にようやく辿りついた頃には、予備の水を使わなければならなくなった。

 塔の入り口は、鍵のかかった巨大な門が、隙間のない石造りにめり込むようにそびえていた。かつては細工や飾りが施されていたが、すべて腐食し、蔦に覆われていた。私は入り口を通らず、脇にある分厚い木の扉をくぐった。大人一人がやっと通れる小さなもので、かつてこの塔を探索しようとした先人の残したものだ。


 鍵はなく、押すとあっさり開いた。

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