第3話 マキナ

「塔のリサーチ部門、まだやってますよね」

 私はじっとマクロを見つめた。

 マクロはしばらく表情を固めたままでいた。

 それから腹を抱えて笑い出した。

「本気か? 翼の民のテリトリーだぞ。あいつらのところに行った調査団がどうなったか。知っているのか?」

「知ってます」

「食い散らかされて、汚物にまみれて森に捨てられていたんだよ。女性隊員なんか、殺されるだけじゃなくもっとひどい目に……なあ、翼の民に犯されに行くぐらいなら娼婦になれ。俺が買ってやるから。ちんけな妄想やプライドは捨てても、人生を捨てるなって言うだろ。それが仕事、それが生きることじゃないか」

 マクロは腕を伸ばし、私の耳の穴の中に親指を挿れてきた。

 それからそっと頬を撫でて、顎までそわせた。

「整った顔してるじゃないか、なあ? 塔だけはやめておけよ」

 マクロは性欲と心配が入り混じった顔をした。


「塔へ……行きます。マキナはきっとそこにいるんです。翼の民に掠われたんです。王宮の庭に落ちていた汚物の山、それから反応しないまま壊されたセキュリティ……間違いありません」


「おい、気持ちはわかるよ。だが、気持ちだけじゃ、世の中、生きられない。自分の持っているものを全て使う必要がある。お前の場合、十……二十……いくつだったかな……。とにかく売れる歳じゃないか。それが労働者の女ってもんだろ?」


「翼の民が、王族の成れの果てなのは、分かっています。糞尿を垂れ流す……ほとんど鳥、猛禽類、動物です。マキナというおもちゃが気に入ったのでしょう。でも、奴らはマキナを扱えない。マキナは私だけの夢を膨らませてくれる。畜生どもの夢なんか……」


「マッサージはどうかな。男の体をな、揉みしだくんだ。精神的にも、肉体的にも満足させる。喋る必要はないし、お前に向いている。なあに、簡単だ。すぐ教えてやろう」


「塔に行きます。調査装備と武器を支給してください」


「おい、聞いてるのか」


 マクロが私の服に手をかけようとした。私はそれを振り払い、退職届を目の前で破った。

「塔に行かせてください。そちらにもメリットはあるはずです。調査結果には莫大な懸賞金がかけられています」

 驚いたマクロはしばらく呆然としてから、椅子に座った。

 深々と腰掛けて、煙草に火を付けた。

「仕方ないな……死なすには惜しいタマだが。まあ調査が成功すれば、莫大な金が手に入るのは違いねえ。装備はやるが、しっかり分け前はいただくぞ」

「はい」

「ところで……調査はまさかお前一人で行くのか」

「はい」

「はあ……股開くほうが安定して、安泰の、素晴らしい人生を歩めるのに、信じられないな。俺が女だったら、調査なんか考えもしねえ」

 私はマクロに外されたボタンを留めなおしていた。

「んふふふふ」

 マクロがいきなり気持ち悪い笑みを浮かべた。

「装備が欲しけりゃ、いっぺん俺と……」と言いかけたので、私は「すみません、さっきされた事も今からあなたのおっしゃろうとすることも、職業安定所の相談窓口にしっかり報告させていただきます」と言った。

「お前、王族の末裔を自称しているのに、そんなものに頼るのか」

 マクロの煙草から、長い灰がポロっと床に落ちた。

「私は――王族が法を使い、法に則り、従うのは当然です。法の下にいる使命があるのです。法の上に王はおりません。私と私の祖先が、翼の民にならなかったのも、まだ法の下、王として、王族として振る舞うためです。それをあなたは……」

「分かった分かった。もうやめろ、気分が悪い。聞いてるだけで、馬鹿馬鹿しい」

 マクロは不機嫌そうに煙草を揉み消した。

「ちっ、訴えるとか。狂っているくせに智恵を付けやがって。……週末の朝にここに来い。装備を用意しておいてやる。契約更新書もな。分け前のことも忘れるなよ。相当遊んで暮らせる金だからな……まあ、まず帰ってはこれないだろうが。死亡弔慰金、俺の口座に振り込まれるようにしておくことってできるか」

「…………」

「黙ってやがる。大丈夫なのか? 娼婦としてなら、いくらでも紹介先があるぞ?」

「マキナ……」

「ああ、こりゃダメだ。まあ、週末まで時間があるから、調査隊の最低限のレクチャーぐらいはしてやるし、資料も勝手に見ておけ。……もったいねえなぁ。王族の末裔って売り文句なら、客がたくさん付きそうなものなのに」


 私は少しだけお辞儀をして部屋を出た。そのまま、仕事場である地下二十階へのエレベーターのボタンを押した。仕事中に、塔についてのデータを集めようと考えたからだ。私はなんとしても生きて帰らねばならなかった。

 塔の高さは不明だった。ある書物には宇宙を支える柱と記されていた。上層階が常に分厚い雲に覆われているのでどうなっているかわからないからだろう。

 調査団の生き残りは、ほとんど入り口付近で待機していたものばかりで、中の情報はほとんど不明だ。気球で上空へ行こうとした者もいたが、翼の民に襲撃され落とされてしまった。奴らは戦闘能力が高く、動きが素早く、銃撃でも容易に捉えられない。弓や剣を見ると極度に恐れて、一応牽制にはなるが、それでも翼の民に勝つのは難しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る