第15話 転 ー伍ー

 藤原東子は悩んでいた。

 ハッキリと、裁判進行の道筋は見えている。それをどう、劇的に演出するか。

 その容貌と雰囲気から誤解されがちだが、藤原は法務科の誰よりも正義を重視し、不正を憎む、苛烈な性質をしていた。誰かが特別扱いされて利益を得るのは許せないし、もちろん自分も、その容姿でちやほやされる事を好まない。

 だから、努力をしてきた。

 誰にも何も言われないで済むよう、全ての事で血反吐を吐く、死ぬ気の努力をしてきた。

 それでも、自分の容姿をあげつらう連中はごまんといた。常に“あの子はちやほやされてる”“贔屓されてる”“いい気になっている”と、謂われのない妬みをされた。

 その周囲の雑音に、何度、自分の顔を焼いてしまおうと思ったか、わからない。一時は本当に顔にナイフを入れ、包帯ぐるぐる巻きで中等部学院に通ったこともある。

 その努力は結局認められることがなく、素晴らしく優秀な成績も色仕掛けで得た依怙贔屓によるものだと、散々の陰口を叩かれつづけた。

 今でこそ、自分の美貌もひとつの武器と割り切って最大限の利用をしているが、藤原の根底には、不正義に対する抜き差しならぬ憎悪が横たわっていた。

(必ず、叩き潰す)

 自分たちのミスを隠匿し、こそこそと逃げ切ろうという五藤以下沿岸特殊警備隊の面々へ、鉄槌を下す。廣瀬文武という切り札を使い、自らの正義を、身内に甘くてずる賢い軍の腐った連中へ、叩き込む。

 ━━その最も効果的な演出は何だろうか?

 廣瀬に五藤を糾弾させるのもいい。不正を暴露させるのもいい。藤原が推測している事件の真相だけでも、五藤を追い詰めるのに十分だ。そこに、五藤が一番評価している廣瀬文武という男の裏切り行為が加われば、沿岸特殊警備隊自体の存在を揺るがすことも可能だろう。

 だから、


「……何ですって?」


 空気が凍る。

 自分の手伝いに、ほとんど無関係な土居しか来ないと知ったときの藤原は、いつもの柔和さを演出した雰囲気をつい維持し忘れ、その中から本性の一端を覗かせた眼光を、ギラリと鋭く走らせた。

 しかも今回の助手であるはずの坂本准尉までが、廣瀬にホイホイ使われて、今、この場にすら居ないという。

「いや、坂本はもうじき戻ってくるらしい。それからなら、ちゃんとこちらを手伝わせるよ」

「で?」

「え?」

 藤原の、よく通る声が冷たく放たれる。

「言い訳がそれですか?ふたりがかりで考えて、たったそれっぽっち?」

 にっこりと、笑う。ゾクリとする冷笑。

 類い希な美貌を誇るだけに、その非難のこもった切れ長の冷徹な目が、容赦なく被害者土居を射抜いて震え上がらせた。

(くそ~、廣瀬め!これは割りに合わん!)

 冷や汗をかきかき、土居はなんとか藤原をなだめようと、努力を惜しまず頑張った。

「まぁそう鬼みたいな顔をしなさんな。廣瀬のいい加減さは今に始まったことじゃ、ないだろぅ?」

「……」

 おちゃらけたような口調で誤魔化そうとしてみる。しかし藤原は無言のままだ。

「それにホラ、廣瀬といえば、敵にまわすとやっかいだが味方につけると仕事を引っ掻き回されて余計邪魔になる迷惑な奴だ。キミだって知ってるだろ?そんな奴のためにいちいち腹を立ててたら、キミが損するよ?」

 苦しい弁護に妙な実感がこもる。

(いやホント、全くだ)

引きつった笑いを貼り付かせた土居は、いままさに、その迷惑を蒙っている。

 と、

「?」

 すぅーっと深く息を吸い込む音が聞こえ、

「冗談じゃありませんわっ!」

 藤原の怒りが炸裂した。

「ふざけんじゃないわよ!ルールも守らないで何が法務官?!いっつも自分勝手なことばっかりして!だいたい指示も無いのに何をこそこそ陰でやってんのよあの人はっ!!職務の自覚無さ過ぎ!ナメた仕事するのもいい加減にして欲しいわっ!!」

 よほど思うところがあったのか、可愛らしいほんわか仮面の下の怜悧な素顔すらも突き破って、荒げた声の憤怒が噴き出した。

「もういいです!自分で直接文句言いに行ってきますっ!!」

 バンッ!と書類の束を机に叩きつけ、藤原が椅子を蹴飛ばした。

(や、これはマズいぞ)

 慌てたのは土居だ。

 廣瀬に対する呆れ、というか不満、怒りは土居も一部共有することだが、一方で廣瀬が抱え込んだ一大事にも、土居は一枚噛んでしまっている。

 心情的にはさっさと廣瀬側から離れて藤原側に付きたいくらいくらいのものだ。しかしそうもいかない事情を、土居は廣瀬と共有してしまっていた。

「まぁ待ちたまえ、中尉。アレでも奴は一応上官だよ」

 藤原の無礼をたしなめる。入り口ドア近くまで着ていた藤原はつと足を留め、クルリとキビスを返した。

「上官?約束すら守れないひとを上司どころか、同じ法務官として認められませんよね」

 ニッコリと、不穏なことを口にして笑った。

「いや、認めるも何も……」

「大尉を、」

 戸惑う土居を遮って、藤原は言葉を接いだ。その内容に、藤原がどれだけ怒っているのかがこもっていた。


「廣瀬大尉を皇国軍事法典第一〇一条第二項、意図的な職務専念義務違反で告発します」









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